刹那の想い

「……ここはまた以前とは違う雰囲気の店だな」

「でしょう? ここも私の行きつけなのよ」


 放課後になって刹那に手を引かれた先にあったのは喫茶店だ。

 以前に彼女と待ち合わせをした喫茶店とはまた違い、少しだけ大人の雰囲気を醸し出すような気がしないでもない。


「……………」

「ほら、行くわよ」

「あ、あぁ……」


 まあ大人の雰囲気といっても俺がそう感じただけで、決して歓楽街にあるような大人のお店では断じてない。

 カランコロンと音を響かせて中に入ると、一人の男性の声が響いた。


「あ~ら刹那ちゃんじゃないのぉ。いらっしゃ~い」

「こんにちは須崎さん。奥を使わせてもらうわね」

「あら……あらあら? もしかして彼氏なのぉ?」

「違うから! 全くもう!」


 ……何だこの人は。

 リアルで初めて見たけど所謂オカマというやつなのかな? バーテンダーのような恰好をしている彼はとても鍛えられた体をしており、髪型もキッチリ決めていて肌に関しては女性のように白い。


「ほら行くわよ瀬奈君!」

「おう……」


 須崎さんと呼ばれた件の男性に微笑ましく見つめられながら、俺はそのまま刹那に引っ張られるように奥に向かった。

 そこには音を遮る魔力機器も配備されており、中々にお金がかかっている喫茶店のようだった。


「彼氏だなんて……こほん、取り敢えず何か頼みましょうか」

「……分かった」


 適当に飲み物とケーキを俺たちは頼み、須崎さんと呼ばれた人が直々に俺たちの元に運んできてくれた。


「初めましてぇ、あたしはここのオーナーをしている須崎という者よ。刹那ちゃんとはそれなりに長い付き合いでね? どうぞよろしく頼むわぁ」

「はぁ……どうも、時岡です。よろしくお願いします」

「時岡君ね。それじゃあ何かあったらまた呼んでちょうだいねぇ」


 ウインクをして彼は去って行った。


「なんか……インパクトのある人だな?」

「そうね。私も初めて見た時は中々に強烈な人だと思ったけれど、あれで凄く良い人なのよ」

「へぇ」


 刹那がそう言うなら間違いはなさそうだな。

 運ばれてきた紅茶とケーキを御馳走になった後、本題に入るわと言って刹那は真剣な表情で口を開いた。


「こうしてあなたを連れてきたのは他でもないの。今日の瀬奈君、随分と表情が暗かったからどうしたのかと思ったのよ」

「……それ、真一と芳樹にも言われたよ。そんなに分かりやすかったか?」

「それはもうね。というか、そう言う時点で間違っては無さそうね?」

「……………」


 俺はつい黙り込んだ。

 昨日も思ったことだけど、俺は間違ったことはしていないと思っている……いや、きっと思いたいんだろう。

 依頼の関係で知り合った男の子を傷つけ、それに対して千葉たちは選ばれた人間だからと全く非を認めない……それこそ、真田をトラップ部屋に放り投げるようなことまでしたんだ。


(……それで俺自身がカッとして千葉たちの探索者人生を終わらせた……ある意味で殺人未遂までしようとしたのだから罰としては軽いだろう。けど……な)


 それでも俺は悩んでしまっている……そんな俺の手を刹那が優しく握りしめた。


「話してくれない? もちろん、あなたが話せないのなら無理には聞かないわ。でもその代わり、あなたが笑顔を見せてくれるまでこうしているから」

「……はは、なんだよそれ」

「瀬奈君には笑顔が似合うわよ。ダンジョンに潜った時、子供のように目を輝かせて戦っていたあなたの顔が私は好きだもの。それなのに、そんな風に暗くしてたら気になるし放ってなんておけないわ」


 優しすぎるだろうと、俺は熱くなった頬を隠すように下を向いた。

 刹那は言葉にしたようにそれ以上は急かすこともなく、優し気な視線で俺を見つめたまま言葉を待っている。


「ここって外に声は漏れないんだよな?」

「えぇ。性能はピカイチ、それに盗聴の心配も一切ないわ。そもそも、ここは情報共有の場所として利用されることも多いからね」

「ふ~ん」


 それなら良いかと、俺はゆっくりと話しだした。

 千葉たちの身に起こったこと、その原因が俺であること……もちろん考えなしにやったことではないことも全て伝えた。

 たぶんだけど……俺は誰かに相談したかったんだと思うんだ。

 学校でも考えたことだけど、こんな風に悩むなら最初からするなって言われてもおかしくはない……でももう俺はやってしまったから。


「そう……だったのね。千葉君たちのことは聞いていたからどうしたのかと思っていたの。それがあの時の新スキルってわけね」

「あぁ……俺さぁ、間違ってたのかな?」


 その問いかけに刹那は少し考えた後、こう言葉を続けた。


「その答えは難しいわね。私はあなたの友人としてよくやったと言ってあげたい気もするし、客観的に見ればやり過ぎじゃないかって思ってもしまうの。もちろん彼らのしたことは許されることじゃないし、彼らの身に起きたことを知って今まで虐げられた人たちの胸がスッとするのも確かでしょう」

「……………」

「……ごめんなさいね瀬奈君。せっかく話してくれたのにどっちつかずの答えになってしまって」

「いや、良いんだ。実を言うと刹那に話を聞いてもらえただけでも気が楽になったんだよ。ありがとうな」


 結局のところ、やってしまったことは背負わなくてはならない。

 たとえそれなりの人がもしも賞賛してくれたとしても、数人の約束された未来を壊し、探索者としての死を与えたのは間違いないから。

 握りしめてくれているその手の温もりに感謝をしていたその時だった――突如立ち上がった彼女は俺の隣に座り、両手を伸ばして俺の顔を胸に抱いた。


「お、おい!?」

「ジッとしてて……ねえ瀬奈君」


 落ち着きなさいと、そう言われたかのように俺は大人しくなった。

 頬に感じる刹那の柔らかさに恥ずかしさを抱くのは当然だが、同時に彼女の頭を撫でてくれる手の平の感触がとても落ち着く。


「どっちつかずの意見だったけど、私は敢えてあなたの友人として言わせてもらうことにするわ――あなたは間違っていない、それで良いんじゃない?」

「……それは」

「ここまで来ると何が正しくて何が正しくないのか、その線引きはきっとその人にしか出来ないと思うの。瀬奈君のしたことを褒めてくれる人も居れば非難する人もきっと居る……でも、幸いにそれを知っているのは私たちだけだわ」


 なんつうか……刹那にも難しいことを話したと思う。

 俺の友人だからとこう言ってはくれたが、彼女も迷っているのは確かだろうし、千葉たちについて何も思わないわけではないはずだ。


「これでもしも瀬奈君が酷い人で、その力を悪用する形で行使とかするなら話は別だけど……私はあなたが良い人だと、優しい人だと知っているわ。だから私はあなたのしたことを否定しない、だからそんな風に背負い込まないで?」

「……どんだけ」

「え?」

「どんだけ優しいんだよ君は」

「優しくなんかないわ。気の毒には思いつつも、彼らのしたことは許せないと思っているし、友人で仲の良い瀬奈君のことを優先しただけだから」


 それからしばらく、俺はずっと刹那に抱きしめられていた。

 その後、彼女が離れてくれた頃には既に心の中にモヤモヤは完全ではないまでも晴れており、結局は俺が自分のしたことを受け入れて進むしかないのだと考えられるようになった。


「そうだな。何が正しくて何が正しくないのか分からない……それでも俺は間違ってないって自信を持つことにするよ。もちろん、自分のすることは間違ってないのだから何をしても大丈夫……なんて傲慢なことは思わないけどな」

「それで良いと思うわ。ふふっ、それにしても……不思議だわ本当に。私、あんなことが出来るくらいに瀬奈君のことを受け入れてるのね」

「……俺さ、マジで思ったわ――刹那さ、良い女すぎん?」

「……良い女って言い方、ちょっと変態……エッチな響きで恥ずかしいわ」


 胸の下で腕を組み、ツンとそっぽを向いた彼女にまた俺の方も照れてしまう。

 そんな俺たちのやり取りを話が聞こえていないのにニヤニヤと見つめてくる須崎さんに苦笑していると、ジロジロ見るなとキレた刹那を止める羽目に。


「全く! あの人はいつもいつも私を揶揄うんだから!!」


 喫茶店を出た後、ぷんすかと怒っている刹那に俺は苦笑した。

 さてと、スッキリした気分だし……後はちょっと体を動かしたい気分だな。


「なあ刹那、今からダンジョン行かね?」

「え……行く……行くわ!」


 ということで急遽、Aランク階層の序盤で狩りをすることにするのだった。





 ……ありがとうな刹那。

 本当に気が楽になったし、君が居てくれて良かったって思ったよ。

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