探索者としての彼らの終わり

 その時、俺は一生懸命でも必死でもなく……ただ無心で矢を引いていた。

 おそらくはBランク程度の力を持った探索者上がりの警察官に囲まれながらも、千葉たちは尊大な態度を隠そうともしていない……俺は、そんな彼らに目掛けて人数分の矢を放つ。


「……ロストショット」


 魔弓のスキルとも組み合わせ、どんな事態が起ころうとも大丈夫なように彼らの魔力の源である結節点に目掛けて矢を向かわせる。

 ちなみに、どんな攻撃にも魔力というものは宿るのだが、このロストショットはスキルの発動中に一切探知を封じる付加能力もあるようで、彼らは俺の矢が向かっていることに全く気付いていない。


「………………」


 俺の視線の先で、痛みを伴わない光の矢が千葉たちを貫いた。

 千葉たちは最初首を傾げていたが、徐々に何が起きたかを明確に感じ取って叫び始めた。


「な、なんで……なんで魔力とスキルが消えてやがる!?」

「千葉さん! もしかして俺たちの端末バグったんじゃないっすか!?」

「そんな……いいや、きっとそうだ……よし、今から組合に行くぞ!」

「はい!!」

「ちょ、ちょっと君たち待ちたまえ!!」


 俺は彼らの慌てふためく姿にざまあみろとも思うことなく、俺はすぐに救急車の向かった病院へと走った。

 その間、俺は千葉たちのことを考えていた。

 魔力の結節点は俺たち探索者がみんなそれぞれ持っているもので、それこそが探索者の力の根源であるスキルや魔力の使用を可能としている。


「……………」


 簡単なことだ……全ては明日になれば分かるだろうけど、現時点で何らかの形で結節点に損傷が見られた場合は著しく能力が低下することが分かっており、修復するのは限りなく困難だとされている――つまり、それほどのモノが根本から破壊された場合どうなるのか……それは探索者としての死を意味している。


「……ここか」


 あの男の子が運ばれたであろう病院に辿り着いた。

 おそらく既に治療はされていると思うけど、俺があの子を見た時は確かに息もあったし流血しているような箇所も見られなかった。

 たぶんだけど、思いっきり体を蹴られたかそんな感じか……それでもAランク探索者の一発はあまりにも重いはずだ。


「つうか千葉の親って元探索者のお偉いさんだっけか。果たして息子の身に起きたことをどう捉えるのか……ま、今は気にしても仕方ない」


 俺は一旦考えることを止めて病院に入った。


「……懐かしいな」


 俺は建物の中に入ってそう呟く。

 あまり俺自身が軽い病気にすらなることもない……あれだ、風邪ももう全然なったことはないな。

 それくらい病院の世話になることがないので、こうして病院に来るのは雪の見舞い以来になる。


(緊急だろうし、流石に……ってそう言えば名前も知らないんだったわ俺)


 根本的なことを思い出して俺は苦笑した。

 教えてくれるから微妙だったが、俺は受付に依頼の関係で知り合った子が運ばれたことを伝えると、もしかしたらということで教えてもらえた。

 ただそういうことは本来教えることはないようで、俺に対応してくれた新人っぽい子は先輩の人に怒られていた……ごめんなさい。


「……えっと、ここだな」


 藤堂勇樹、それが男の子の名前らしい。

 これが別の男の子なら取り越し苦労だったけど、どうやらあの男の子で間違いはなかったらしい。

 教えてもらった病室を見つけると、そこから安心した様子であの母親が出てきた。


「……?」

「どうも」


 おそらく、彼女からすれば俺のことは何も分からないはずだ。

 なので以前に依頼を頼まれたことと合わせ、その時の子が病院に運ばれるのを見て気になったのだと伝えた。


「あ、あの時の……あの時はお礼の一つも言えず申し訳ありませんでした」

「いいんすよ。俺はただ、お母さんに元気になってほしいと言ったあの子の願いを叶えただけです。あなたの方こそ、よく頑張ってくれたなって思っていました」


 そう伝えると母親はポカンとした後、また頭を下げてきた。


「本当にありがとうございました」

「はい。お礼は受け取りました……っと、あの子は?」

「あ……その、命に別状はありません。高レベルの治癒スキルを持った先生が診てくれて、それで早く帰りたいって言うくらいに元気になりました」


 俺はそれを聞いて心から安心した。

 会っていきますかと言われたので頷き、男の子――勇樹の居る病室に入ると彼は笑顔で俺に飛びついてきた。


「お兄ちゃんだ!」

「おっと、安静に……ってその必要はなさそうだな?」

「うん! でも……どうして?」

「見ちゃったからなぁ。ったく、元依頼人とはいえ心配を掛けんじゃねえよ」

「くすぐったいよぉお兄ちゃん!」

「……ふふっ」


 それから三人で少しばかり話した後、俺は二人と別れて病院を出た。

 本当にもしものことがなくて良かったと安心したと同時に、やはり俺の中で残り続けるのがあの矢を放った感覚だった。


「……はぁ」


 俺は別に正義の味方ではないし、私刑のようなものが許されると思ってもいない。

 あんな風に何も関係ない人を傷つけた人間を成敗した……それは人によっては称賛されるだろうし、また別の人によってはなんでそんなことをと非難する人も居るだろうか。


「なんかスッキリしねえなぁ。とっとと帰って、何かネットでアニメでも見て気分を落ち着かせるとしようか」


 それから俺は特に寄り道することなく寮に帰るのだった。


▼▽


 そして翌日、俺は千葉を含めた一部の生徒たちが探索科を辞めた話を耳にした。


「……………」


 噂はいくつも出回っているのだが、その中で多くあったのが探索者としての力を全て失ったということ……もちろん原因は不明だ。

 やはり俺が思った通り、俺は彼らの中にある探索者として大切な力を根こそぎ破壊してしまったのだあの新スキルで。


「瀬奈? なんか顔が暗いぞ?」

「え?」

「あぁ。なんか上の空って感じだし……」

「……すまん。別に体調が悪いとかじゃないんだよ」


 心配ないと彼らに俺は笑った。

 なんつうか……やっぱり少しは気にしてるみたいだな。

 やっちまった後に気にしてどうすんだよと、それなら端っからやるなよって話だがまあ……少しでも良い方向に考えないとな。


(ったく、今まで何度も魔物をぶっ殺してきただろうが。だから気にすんじゃねえよ瀬奈!)


 そうして俺は何とかその日を過ごし……放課後になって刹那に手を掴まれた。


「瀬奈君、これから二人でお出掛けしましょ?」

「……は?」

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