新しい面倒ごとの香り

 ロストショットで千葉たちの結節点を粉々に撃ち砕いてから数日が経過した。

 悪人のような振舞いをした彼らに行ったことに対して、俺はそれはもう悩みに悩んだのだが、刹那に諭される形で受け入れることが出来た。


(そう……だな。気にしても仕方ねえよもう。正しいことをしたんだと豪語するつもりはないが、間違ったことはしていないんだと俺はもう受け入れた!)


 千葉たちは……あぁいや、全員ではないが魔力を失った彼らは普通科に移動するでもなくこの学校から去って行った。

 噂では元探索者である千葉の父は彼に対して罵詈雑言を浴びせたらしく、特に調べようともしなかったのは探索者としての彼しか求めていなかったんだろう。


(……ロストショットか。聞く限り人の魔力の結節点すら直接攻撃できるのは他じゃ聞いたことがないんだよな)


 結節点の位置を的確に把握して肉体を傷つけずに破壊する……しかも言い方は悪いが俺の魔力の痕跡すらロストさせるという都合の良すぎるスキル……それは今まで見たことも聞いたこともなかった。

 相手を殺す勢いで刃物を突き刺せばそれで結節点に傷は付くが……まあそれくらいが普通だった。


『そのスキルはあまり公言しない方が良いでしょう。あぁでも、探索者ランクの査定の時はどうしたら……』


 このように刹那は最後まで俺のことを気に掛けてくれた。

 俺には査定を誤魔化すことが出来る【秘匿レベル6】があるので心配はないのでそれを伝えると彼女は安心していた。


「……刹那か」


 正直、こうやって話をするまであんなに優しく思い遣りをある子だとは想像出来なかった。

 確かに友人は多いみたいだけど、強さを求めるストイックさのようなものを俺は感じていたからだ……やれやれ、俺の観察眼も当てにはならんな分かってたけど。


「柔らかかったなぁ……」

「何が?」


 俺もダンジョン馬鹿である前に男なんだ。

 あの時、俺を慰めてくれるためとはいえ刹那に抱きしめられたことを片時も忘れることが出来ない……あの豊満な柔らかさを頬で感じたことをずっと忘れ……あれ、今俺は誰に声を掛けられたんだ?

 俺はギギギっと壊れたブリキのように振り返った。


「どうしたのよ。そんな驚いた顔して――」

「だらっしゃあああああ!?」

「な、なによ!?」


 そこに居たのは刹那だった。

 突然大声を上げた俺から一歩引くように彼女は驚いたものの、すぐに顔を赤くした俺を見て彼女はニヤリと笑った。


「私を見てそんな風になるなんて……どうしたのぉ?」

「……………」

「あの日のこと、思い出しちゃった?」

「……思い出しちまった」

「……そ、そう」


 いや、なんでそこで刹那が顔を赤くするんだよ君は今揶揄う側だろ!

 もちろんそんなツッコミを入れることはなく、俺たちは何故か揃って学校を出るのだった。


「……あ」

「なに?」


 そう言えばと、俺は今更ながら気になることがあった。


「以前に千条院だっけ、あそこの家の人間に尾行されたことがあっただろ?」

「えぇ。あ、そういうことか。特に何も出てこないそうよ? 父が探りを入れてくれたみたいだけど特には」

「……そうか」


 何も理由がないのに尾行をすることはないだろうが、刹那も自分で気を付けているみたいだし安心かな。彼女はSランク探索者、並大抵のことでどうにかなるほど軟でないのは俺自身が良く分かっている。

 そんな風に彼女と千条院について話をしていたからか、俺としてはそこでまさかの人間と出会うことになった。


「おや? そこに居るのは刹那ちゃんじゃないか」

「……げっ」


 刹那さん? 今げっと言いましたか?

 彼女がここまで不快感というか、表情を変えるのは珍しい。


「……誰だ?」


 頑なに視線を向けようとしない刹那の代わりに俺は体をそちらに向けた。

 笑顔で刹那に近づこうとしているのは茶髪の青年……ザ・陽キャといった感じのイケメンだった。


「やっぱり刹那ちゃんじゃないか。奇遇だね? 最近は家に帰ってないらしいから全然会えないんだ。心配していたんだよ?」

「何故あなたが私の心配をするのかしら?」

「何故って、僕は君の婚約者を諦めてはいないからさ」

「……………」


 なるほどそういうことか。

 詳しくは知らないけれど皇グループと千条院グループならそういう利害関係で結びを強くする動きもあるのか……まあ刹那の様子から分かるように相当彼のことを嫌っているようだが。


「それで、そこの馬の骨は誰だい?」

「馬の骨って……」


 初対面の人間に馬の骨ってなんだこいつは。

 特に今の一言に気分を害するほどでもないが、こういう奴って本当にどんな気持ちでこんなことを言ってんだろうな……つうか、どんなに鈍感な奴でも刹那の様子から嫌われてるって気付くと思うんだけどなぁ。


「どうも馬の骨っす。刹那の友人やってます」

「こんなのが友人だって?」

「こんなのってなんですかね? 同じクラスの探索者だから絡みくらいあるでしょ」

「……生意気なガキだな」

「大人になり切れていない奴よりはマシだと思います」

「っ……!!」

「……ぷふっ!」


 おっと、流石に煽り過ぎたかな。

 顔を真っ赤にした男は何かを言い返そうとしたが、時計を見て何かを思い出したのか刹那に一言掛けて背を向けた。


「君、ランクはいくつなんだ?」

「Cランクっす」

「はっ、所詮は雑魚の遠吠えだったか」


 なんつうか、大学生で大企業の御曹司なのにこれだと国の未来は暗いなぁ。

 男の姿が見えなくなったのだが、実は俺はずっと刹那が剣を抜くかどうかが気になって仕方なかった。


「面倒なのに目を付けられてるんだな?」

「……鬱陶しいことにね。以前にボコボコにしてこの話は終わったのに、いきなり出会ってあんなことを言われても困るわ」


 その後、簡単に彼のことを聞いた。

 彼は千条院直哉なおやと言って大学二年生らしく、同時にAランクの探索者とのことで、千葉や毒島みたいな感性の持ち主と言われて俺は酷く納得した。


「……ああいう大人にはなりたくねえなぁ」

「瀬奈君はならないでしょ絶対に」


 厚い信頼に俺は嬉しさで涙が出そうになるよ。

 俺としては面倒なことになるのはごめんなので、彼みたいなのと関わるのはごめんだ……そう思っていたのに。

 問題は翌日だった。


「さあ始めようか」

「……………」


 探索者組合の所有する模擬演習場で俺は千条院直哉と向き合っていた……なんでだよと、大声を上げたくなった俺に誰も文句は言えないはずだ。

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