名前で呼ぼうじゃないか
「……いやぁ注目されてますな俺たち」
「まあ私がBランク階層に居るのは珍しいからね」
いやいや、たぶんそうじゃないと思うぞ俺は。
確かにBランク階層に皇が居ることで注目を浴びるのはもちろんだろうけど、その隣に居るのがCランクの俺っていうのも大きいだろうか。
まあ同じクラスの連中は俺と皇が最近よく話をしているのは知っているものの、流石に同じパーティとして組むというのは予想外なんだろう。
「これ、ゲームとかだとキャリーって言われるようなもんか」
「キャリー?」
「オンラインゲームとかである手法でな? 自分よりもランクが上の人に手伝ってもらう行為だよ」
「あぁそういうことね」
厳密には下のランクを装うんだが……まあ似たようなもんだ。
場所はダンジョンという危険と隣り合わせの場所だったとしても、俺と皇は特に何も問題なくそのまま奥へと進んでいった。
Bランク階層の奥となるとAランクに届くくらいの魔物も多く歩いており、そこまで人の姿は見ない。
「いやぁしかし、Sランクの探索者様が居てくれると道中楽で良いねぇ」
「何を言ってるのよ。あなたの弓も正直Aランクほどはあるんじゃない? しかも気配察知も含めて身のこなしはSランク探索者のそれだし」
Sランクの皇にそこまで言ってもらえると光栄だ。
基本的に前衛は皇が務め、後衛は俺が弓で援護をするという流れだが、皇が言ったように手に魔力の矢を形成して近距離攻撃を行うこともあるので、その辺りの体の動きは完全に刀を極めた名残だった。
「こんなことを言うと元も子もないけどさ。これだと周りの魔物の方がかわいそうだってもんだぜ」
「それは……まあそうかもね」
ひゅっと皇が剣を振るうと付着した魔物の血が飛ぶ。
俺たちの背にあるのは無数の魔物の死骸であり、ここまで来ると逆に魔物の方がかわいそうになってくる。
(……けど、やっぱり流石だな)
俺もそうだが、皇も剣術を極めているからこそ魔物の体に裂傷は少ない。
それこそピンポイントに弱点を突くような形なので、ほぼ全ての魔物が一撃で絶命しているのだ。
「こいつでラストっと」
俺はこちらを見る皇のこめかみに向かって矢を放つ。
その矢は当然皇の頭を貫くようなことはなく、突如としてその軌道を変えて皇の背中から襲い掛かろうとしていた魔物の頭を貫いた。
「終わったわね」
「あぁ。というかリアクションなかったな?」
「ふふっ、私を狙った様子は見れなかったもの。それに時岡君がそんな酷いことをするわけがないっていう確信があるからね」
「そうだな。皇みたいに力を隠してるんじゃないか、そう思って試すようなことをする趣味はないよ」
「……本当にごめんなさい」
ズーンと沈んだ皇に俺は苦笑した。
まあ試すつもりはないと言ったけど、今のはある意味同じことをしたようなものだからな。
俺は揶揄ってごめんと皇の肩をトントンと叩いた。
「全くもう……そうやって揶揄うのもあなたくらいだわ」
「良いもんだろ? 対等の友達ってのは」
「……そうね」
満更でもなさそうで良かったよ。
俺たちは訪れたBランク階層の奥は神殿エリアで、まるで神聖な何かを祭っているような場所だ。
それでも多くの魔物が蔓延っている辺り、ダンジョンというのはつくづく不思議な造りをしている。
「ここまで来たけど特に何もないわね」
「そうだな。このままずっと何もなければいいんだが……」
辺りを見回しても大きく気になるものはない。
魔物に関しても明らかに戦力過多の皇にビビったのか出てこないし、危険の定義が崩れてしまいそうになるほどここは静かである。
「ちょっと休憩しましょうか」
「お~け~」
近くの石垣に腰を下ろし、俺たちは特に疲れていないが休憩することにした。
持ち歩いていた飴を口に放り込み、コロコロと転がしながら味を楽しむ皇がこちらに視線を向けて口を開く。
「あなたの刀……本当に抜かないのね」
「うん? まあな。その……知っているなら他人にどう思われるか分からないけど、別に舐めてるわけじゃないんだぞ? 俺の弓は確かにサブ武器だけど、やれることは全部やってるつもりだからな」
そう、俺は別に探索を舐めているわけじゃない。
刀を握ればどんな者ですら切り捨てることが出来る圧倒的な力、それがあることの心の余裕があるのはもちろんだけど、それでダンジョンの中で弓を握る己に気を抜くことは絶対にない。
「守りたい誰かが傍に居る時、或いは誰かを助けたくて急いでいる時……そんな時は悩むこともなく刀を抜くさ。力を隠しているのは以前に説明したけど、本当に大変な時に力を出し渋るようなことはしない――それは決めていることだ」
「……そうなのね。良い信念じゃないの」
そうだろと、俺は皇に対して笑った。
「ま、どれだけ言葉を重ねようが結局はレギオンナイトが好きだからってところに落ち着くんだけどさ」
「そうねぇ。彼も必要な時は力を使うことを惜しまなかったし」
そうなのだ、だからレギオンナイトはとてもかっこよく多くの子供たちが漫画に登場する彼に憧れるのである。
俺は無双の一刀を発動し、目の前に刀を呼び出した。
相変わらず淡い光を放つ綺麗な刀で、全く手入れをせずともこの切れ味は落ちることを知らない。
「サラッと刀を呼んでるんじゃないの!」
「えぇ~? 良いじゃんか別に。ここには俺と皇しか居ないし、それにこの刀を出すのは呼吸するようなもんだ」
「……ふ~ん」
ジッと刀を見つめる皇に持ってみるかと問いかけた。
「良いの?」
「あぁ。たぶん持てないだろうけど」
「え?」
そっと手を伸ばしてきた彼女に俺は刀を渡そうとした……すると、彼女の指に触れた瞬間まるで空気に溶けるように刀は消えてなくなった。
「なるほどね。あなたにしか扱えない刀ってわけか」
「そそ。正確にはスキルで生み出す刀だから、俺から離れたら存在できないってことだよ――なんつうか、もう恋人みたいなもんだ」
ずっと一緒に居るからこの表現も意外と間違いではない。
ぷぷっと笑った皇に俺はそこまで笑うことかよと口を尖らせ、無双の一刀を解除した。
「そんなに拗ねないでってば。あ、そうだわ!」
「どうした?」
パンと手を叩いた皇がこんな提案を俺にしてきた。
「戦ってる時に思ったんだけど……そろそろ名前呼びにしない?」
「名前?」
「えぇ。もう友人と言っても差し支えないし、かなり親しくなった方でしょ?」
「……確かにそうかもしれん」
「なら名前で呼んで――」
「刹那」
「……っ!?」
先手を取って名前を呼ぶと彼女は分かりやすく顔を赤くした。
「皇さんに戻そうか」
「ダメよ! それで良い! それで良いから……コホン、瀬奈君!」
「はい」
「……うぅ」
ということで、瀬奈と皇……刹那に呼ばれることになるのだった。
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