皇と二人で

「あ、時岡君じゃないか!」

「うん? おぉご両人」


 昼休み、今日は珍しく一人で学食に訪れた時だった。

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには以前に一緒にダンジョンに潜った普通科の生徒である真田と新庄が並んでいた。

 あれから特に会うことも話すこともなかったので、これがあれ以来の再会になるわけだが……俺としてはあの出来事があるせいで申し訳なさを感じる。


「どうしたの? いきなり表情が暗くなったけど」

「……あ~」


 あの時、真田はとても怖い思いをしたし、新庄に至っては真田が死ぬかもしれないってことで泣いたほどなので、あれを思い出させるのも嫌だな……。

 何か良い理由はないモノかと頭の中で考えていると、どうやら察してくれたように真田が苦笑した。


「もしかしてあの時のことを考えてるのかい? それなら全然……気にしてないことはないけど、助けてくれた恩人に対して文句とかは一切ないよ。だから僕たちと君の間に余計な罪悪感は必要ないって!」

「……そうか」

「意外と繊細なのね。あんな化け物みたいな力を持ってるくせに」

「化け物は余計だっつの」


 しかし、真田がそう言ってくれるのなら俺としても気が楽だ。

 成り行きではあったが二人と一緒に席を共にすることになり、昼食を食べながら話は思いの外弾んだ。


「でもやっぱり思った通りだ。時岡君は凄く話しやすくて、僕たちとそこまで価値観も変わらないんだね」

「価値観とかはともかく、俺は自分のことは普通の感性だと思ってるけどな。うちの家族はみんな探索者じゃないから、それももしかしたらあるかもしれん」

「へぇ。探索者の親から強い子供は生まれるってよく言われてるけど、そういう例外もあるのね」

「ま、あまり言わんでくれや」

「分かった」

「うん」


 やっぱり二人のことを助けたことがあったからか、あの時しか俺たちは話していないものの心を開いてくれているのが嬉しかった。

 まあ家族に危害さえなければ俺のことがどれだけ広まろうが……嫌だけど、そこまで気にしていることかと言われたらな。


(ま、彼らが何を言ったところでCランクの俺が何を出来るんだって笑われるのが関の山だけど)


 そういう点ではこのランク制度も案外と融通が利くものだ。

 あとそうだ、こうして真田たちと話をしていると奴のことを……千葉を含め、問題行動を起こした連中の復学の目途はまだ立っていない……というか、ちょっと怖い話も聞くけど真実かどうかは分からん。

 それもあってかあまり過激なことをする生徒が減ったのも事実……ただ、いまだにちょくちょく元探索者の事件はニュースで報道されたりしてるがな。


「それじゃあ時岡君、また機会があったら一緒にご飯を食べようよ」

「ういうい。新庄も良いのか?」

「断る理由はないものね。別に良いわ」


 うん、本当に仲良くしてくれるようで何よりだよ。

 それから二人と別れて教室に戻り、必死に眠気を我慢して放課後がやってきた。


「……ふわぁ」


 死ぬ……死ぬほど眠たかった。

 別に夜更かしをするようなこともないのだが、時々こうやって凄く眠くなる日があるのだが、こういう日はすぐ寮に帰ってベッドの上の住人になるのが一番だ。

 今日はダンジョンは良いかなと、そう思った時だった。


「わっ!」

「……なんだい皇さん」

「ちょっとは驚いてくれてもいいんじゃないの?」


 眠たくてリアクションを取るのが面倒だし、何より後ろから近付いているのに気付いていた。

 チラッと顔を向けると不満そうな皇を唇を尖らせており、もしかしたら今のは彼女にとって渾身のドッキリだったのかもしれないな。


「……取り敢えず、用件は?」

「はぁ……時岡君を驚かせるのはもう少しレベルを上げないとかしら」

「何のレベルだよ」

「まあ冗談は置いておくわ。今から……暇?」

「暇だけど……」


 すると皇は提案しようかどうしようかと悩む素振りを見せた。

 たぶん俺が心底眠たそうにしていることには気付いているだろうし、それで用件を口にしようか迷っているんだと思う。

 俺はそんな皇に苦笑し、ちょっと待っててくれと水道に近づいた。


「よいしょっと」


 水を出して手の平で掬い、冷たい水で顔を洗った。


「よし、眠気は飛んだぞ。それで?」

「……もう、時岡君ったら」

「これで遠慮なく言えるんじゃないか?」

「そうね……ふふ」


 肩を揺らして笑った後、彼女がした提案はこれだった。


「これから一緒にダンジョンにどうかしら?」

「俺と皇で?」

「えぇ」


 ある意味予想出来たし、ある意味予想外でもあった。

 ただ本気のダンジョン探索というわけではなく、以前のようなこともあったので何かおかしなことが起きていないかを確かめる意味もあるらしい。


「なるほどな」

「もちろん断ってもらっても構わないわ。向かう先はBランク階層の奥だし、あなたからすれば退屈かもだしね」

「……ふむ」


 あの魔物が赤黒いオーラを放った不可思議な現象については全く進展はなく新たな情報も入ってきていない。

 それでも確かに何か発見があるかもしれないし、最強のSランクである彼女と一緒ならその道中は限りなく楽なモノになるだろう。


「確かに退屈かもしれないけど、偶には良いかもな。それに皇と一緒にパーティを組んで探索するのも良いなって思うこともあったからな」

「え? そんなことを思ってくれたの?」

「そりゃ思うだろ。俺だって皇みたいな強い奴とダンジョンに潜ったらどれだけの力を発揮できるんだろうなって思うことはあるんだぞ?」

「そうなのね……そっか、一緒に潜ることを考えてくれたのね」


 皇とダンジョンに行けばもしかしたら面倒なやっかみはあるかもしれない。

 ……ま、その時は彼女に任せることにしよう。


「俺の弓が皇をどれだけサポートできるのかも気になる。早く行こうぜ」

「いきなりノリノリになったわね」

「ダンジョン大好きなお年頃だからなぁ。ほら行くぞ~」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私が誘ったのに!」


 ということで、初めて皇と二人でダンジョンに潜ることになった。

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