子供の笑顔はやはり大事

 普通科とのダンジョンに赴いたイベントから数日が経った。

 俺のグループでは千葉のこともあって中々に面倒なことになったものの、あれから特に奴らが絡んでくることはなかった。

 というより、あの日から千葉の姿を見なくなった。

 もしかしたら……いや、今は取り敢えず自分の探索に集中することにしようか。


「さてと、何々……」


 とはいえ、今日はいつもと趣向を変えてみようと俺は思った。

 俺が目にしているのは探索者組合の一角に位置する依頼掲示板で、ここには探索者だけでなく一般の人たちの依頼も貼られている。

 基本的に払いの良い依頼だったり、繋がりを求めて高ランクの依頼を受けたりするのが一般的だが、俺は特にどの依頼が良いとかはなかった。


「……?」


 そんな中、俺は一つ気になった依頼の紙を見つけた。

 その依頼の紙に書かれている文字はおそらく、小さな子供が書いたものだろうことが分かった。

 漢字は僅かに使われているが、ほとんどがひらがなだからだ。


“お母さんのげんきがないんです。たすけてください”


 そんな切実な文章に俺はすぐにこの依頼を受け付けに持って行った。


「は~い受け取りますね。場所は~」


 どこの家かを教えてもらい、俺はすぐにそこに向かった。

 するとあったのは家ではなくアパートで、中々に年季が入っているのかちょっと古い建物だ。


「えっと……確かここか」


 教えてもらった部屋の前に立ってコンコンと叩くと、少しして扉が開いた。

 出てきたのは小さな男の子で、男の子は俺が手に持っている物をを見てぶわっと大きな涙を流した。


「おっと、大丈夫だぞ。お母さんがどうしたんだ?」

「っ……きて」


 手を引かれ中に入ると、部屋の中で布団の中に包まった母親らしき女性が居た。

 ただ、俺が部屋に入ったことすら気付かないほどに衰弱している様子で、俺はすぐに近づいた。


「……これは……まさか」


 明らかにしんどそうなのは分かるものの、汗などは一切掻いていない。

 呼吸は荒く目の焦点も合っていない様子、俺はまさかとその状態にある種の予測が立った。


「お母さん……大丈夫そう?」


 大丈夫だと、言えれば良かったんだが無責任なことは言えない。

 俺はその問いかけに答えることはせず、手の平に魔力を集めてそれを母親の喉に当てて押し流した……すると。


「っ……ごほっ! げほっ!!」

「お母さん!?」


 やっぱり、思った通りらしい。

 どうもこの母親は魔力欠乏症に罹ってしまっているらしい、今魔力を流し込んで弾かれたのが決定的だった。


「お母さんは探索者じゃないな?」

「うん……ちがうよ」


 探索者じゃないということは魔力は持っていない、しかしそれならば何故魔力に関する病気を患うのか……稀にあるのだ原因は不明だが、こうして魔力を持たない人間が魔力欠乏症になることが。


「一昨日って紙には書いてあったな。本当にそれくらいか?」

「うん。一昨日から寝込んじゃって……それで……ねえ、お母さん大丈夫?」


 大丈夫だと俺は頷いた。

 本来であれば魔力のある人間が罹る病気というのは大前提として、基本的にこの病を完治させるにはダンジョンに生える霊草が必要になる。

 ただかなり金額も高く、その霊草も高級品ということもあって国に申請を出してから確か……二日は必要だったか、それくらい掛かってしまうのだ。


(……子を想う親として、か)


 魔力のある人間がこの病気になった場合、徐々に魔力が失われていくのだが、魔力の無い人間から失われていくものは何もないと考えられるだろう……しかし、その代わりとなるのが単純に生命力だ。

 おそらく、もういつ死んでもおかしくない状態だ。

 それでもここまで苦しみの中で生き永らえているのはおそらく、自分の息子を置いて死ねないという強さだろうか。


「ここで待っていろ。すぐに薬を持ってくる」

「え……うん!」

「もう一度言う。大丈夫だ――だから男の子だから泣くな。兄ちゃんが必ずお母さんを助けてやるから」

「分かった! 泣かないよ僕!」

「よしよし、良い子だぞ」


 さてと、それじゃあ行くとするか。


「っと、その前に」


 俺は懐からランタンの形をしたアイテムを取り出した。

 これは魔力を込めることで香水のように匂いが広がるアイテムなのだが、匂いを通じて体の中にある程度の魔力を取り込むことが出来る優れものだ。

 元々この母親は魔力に馴染みがない体ではあるので、すぐに取り込んでも抜けて行くだろうがある程度楽にはなるはずだ。


(帰ってきて死んでた、とかだとあまりに目覚めが悪いからな)


 それから部屋を出ようとした時、男の子が俺にこう言った。


「お兄ちゃん! ……その……お金が僕には――」

「要らん。お母さんが助かってから笑ってくれればいい」


 ちなみにこれもレギオンナイトの台詞だったりする。

 俺は駆け足でダンジョンの入り口に向かい、転移陣でSランク相当の階層まで転移した。


「ふぅ、久しいなここは」


 霊草はAランク階層にも生えているが少し見つけにくく、逆にSランク階層ならばある程度進めばすぐに見つかるはずだ。

 今はとにかく早い段階で見つけてあの子を安心させてやることが先決だ。


「さあ行くぜ」


 流石にSランクの階層だし人の姿は全く見えない。

 そもそも、いくつもあるダンジョンの中でここは学生のみが潜れる場所だしそれもそうかと俺は頷いた。


【無双の一刀】発動


 弓から刀に切り替え、俺はすぐに駆けだすのだった。

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