天使ってあれとあれも付いてんのかな?

「……よし、中々早かったな」


 スマホで時間を確認すると、ダンジョンに入ってからまだ二十分も経っていなかった。

 ところどころに今日戦ったであろう痕は残っているので、この辺りならばAランク探索者でも束になれば突破できる辺りだしな。


「無双の一刀か……自分で言うのも何だけど、本当にスキルとして完成されてる」


 刀の絶対的な能力はもちろんのこと、刀を扱う上での剣術スキル、そしてその剣術スキルを更にブーストしてくれる剣聖スキル……俺がソロでSランク階層の攻略を実現してくれる出鱈目スキルだ。


「そもそも無双の一刀はデメリット無しのパッシブスキルみたいなものだし、付与効果の多さも頼もしいし……なんつうか、スキルの発動中って何者にも止められることがないっていう絶対の感覚があるんだよな」


 だからといって驕ることはなく、敵対した存在を斬るまで気を抜くことはないんだけど……だからこそ、このスキルを使う時に負けることは許されないってことを常に心掛けている。

 ちなみにこれもレギオンナイトの信条である。


「これで良し、さっさと帰る――うん?」


 霊草を懐に仕舞おうとしたところ、ヌルリと何かが視界の隅で動いた。

 いつからそこに居たのか分からなかったが、魔物の中には人と同じように何らかのスキルを使うものも存在するが、それはあくまで高ランク帯のダンジョンでのみ確認されている。


「ま、Sランク階層だし当然か」


 音を立てて這い出てきたのは巨大な大蛇だった。

 色んな漫画の知識でこういった蛇のような魔物を相手にした時、基本的に目を見ないことを心掛けている。

 居るのかどうかは分からないが、伝承のバジリスクのように目を合わせた瞬間に動きを止められる可能性があるからだ。


「タイラントスネーク……ふぅん、名前はどうでも良いけど今急いでんだよな俺は」


 だからすまん、とっとと消えてくれ。

 大蛇からすれば俺の姿はいきなり消えたように見えただろうか、現に俺の姿は既に大蛇の視線の先から尾の方へと移動している。


「死ね」


 スッと大蛇の頭から尾にかけて線が入り込み、そのまま血が流れ光の粒子となって消えて行った。

 それから俺はすぐに転移陣まで向かったのだが、姿が消えるほんの一瞬に入れ替わるようにして皇が現れるのを俺は見た。


「あなた――」


 目を丸くした彼女に俺は何も言うことなく、すぐにダンジョンから出た。

 そのまま向かう先は当然依頼人の男の子が待つアパートで、中に入ると男の子はしっかりと母親の手を握って待っていた。


「あ、お兄ちゃん!」

「待たせたな」


 最悪の心配はしていなかったが、ちゃんと母親はまだ生きていた。

 俺はすぐに懐の霊草をお湯に溶かし、飲める状態にして母親を抱き起こし、ゆっくりと飲ませた。


「お母さん?」

「大丈夫だ。呼吸も落ち着いたし顔色も良くなってる」


 まだ話が出来る状態への回復には至っていないが、伝えた通り顔色も良くなってきたのでしばらくしたら目を覚ましてくれるだろう。

 男の子はお母さんに縋りつくように泣いてしまったが、これもまた安心したからこそなので、俺としてもホッと息を吐いた。


「じゃあ俺は帰るからな。お母さんが目を開けたらもう大丈夫だからって伝えてやってくれ」

「えっと……その……」

「そういう時はありがとうって言ってくれればいいぜ?」

「っ……ありがとお兄ちゃん!」

「おうよ」


 綺麗事だけど、やっぱりああやって笑ってくれたのなら一番だ。

 それから俺はアパートを後にし、再び組合に赴いて依頼掲示板に目を通す。


「……流石に気になるものはないか。今日は良いかなもう」


 疲れているわけではないが、他に気になるものはそこまでなかった。

 これはどういうことだとか、何だろうこれはというものはあったものの手を取るまでは行かない。


「そういや皇と目が合ったんだっけか」


 ダンジョンから帰る直前のことだ。

 別にどのランクの探索者も推奨されていないだけでどこの階層にも赴くことは出来るので、不思議に思われても怪しまれることはないと思いたい……たぶん大丈夫だ。


「時岡さ~ん! アイテムの換金が終わりましたよ~」

「了解っす」


 霊草を取る傍らで手に入れていたアイテムの換金も終わったので、帰りに銀行に立ち寄って仕送りをしてから寮に戻るのだった。

 多くの生徒たちが出入りする玄関にはとある伝説を記した壁画が飾られており、それは天使と呼ばれる存在がかつて人々に叡智を与えたなどという特に俺としては興味をそそられないことが大々的に記されている。


「天使ねぇ……悪魔とかも居るんかね」


 稀に高ランクの階層で人語を話す魔物が出現するなんていう噂もあるが、今のところ俺はまだ出会ったことはないのでそれには少し興味を惹かれた。


「お、瀬奈じゃんか。それが気になってんのか?」

「あぁ。まあ特にそこまでだけど」


 声を掛けてきたのは真一だ。

 どうやらダンジョンの帰りらしく、他のパーティメンバーたちもそれぞれ部屋に向かうのが見えた。

 真一は彼らに続かず、ジッと壁画を眺めてこう言った。


「天使っていうと可愛い女の子とかなんかな?」

「さあ? 一説によると天使って両性らしいし、おっぱいついてて下も付いてんじゃねえか?」

「……なるほど。一部の界隈が喜びそうだなそれは」

「確かに」


 なんて思春期の男子っぽい話でその日を俺は締め括るのだった。

 そして翌日の学校、皇に絡まれた。

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