皇刹那

「もう一度言うわ。何をやっているのかしら?」

「っ……何でもねえよ」


 皇にそう言われ、武器を構えていた千葉は背中を向けて歩いて行った。

 流石のあいつも自分より圧倒的に強い皇を敵に回しくないと思ったのか、特に口答えもしなかった。


「……………」


 皇もそんな千葉たちの背を見つめていたが、ふぅっとため息を一つ吐いて剣を鞘に納めた。


「大丈夫……って、心配は要らなかったかしらね?」

「いやそんなことはないよ。俺はCランクで奴はAランク、普通に助かった」


 一応そう伝えておく。

 別に個人で対処出来ない相手ではなかったが、仮に反撃したところで更なる反感を食らって面倒なことになるのは目に見えていた。

 その意味では、こうして皇が介入してくれたことは素直に助かった。


「ここに居るってことは皇も終わったみたいだな?」

「えぇ。こう言ってはなんだけど、私が居る時点で問題を起こそうとはならないでしょう。まあ私は普通科の生徒とずっと話していたから、一緒に行動していた探索科の生徒は苛立っていたけれどね」

「……あ~」


 なんとなくその様子が鮮明に想像出来た。

 Sランクの探索者は誰だってお近づきになりたいだろうし、それも彼女みたいな存在なら尚更だろう。

 それなのに見下している普通科の生徒に独占されて話をする機会もなかったのだとしたら……まあ苛立つんだろうなぁ。


(……って、何だかんだこうやって皇と話すのは初めてか)


 今までは精々挨拶くらいしかしたことなかったけど、こうして会話が出来ているのは今日が初めてだ。


「あなたの方はどうだったの?」

「……あ~、まあ色々あった」

「詳しく聞かせてほしいわね」


 どうも御所望だったようなので俺は簡単に伝えた。

 一緒に潜った普通科の生徒をトラップ部屋に千葉が放り投げたこと、それで色々あって全員が無事に助かったものの、ピンピンした様子で戻ってきたのが気に入らなかった千葉が絡んできたことを。


「その色々って何かしらね?」

「さあ?」


 あくまで何も知らないことを装った。

 結局、トラップ部屋の構造に関しては千葉だけでなく皇も同じ認識のはずなので俺が何か追及されることも当然なかった。


「あなたは……えっと、時岡君だったわね?」

「あぁ」

「あなたは今の社会の縮図をどう思う?」

「それって探索者とそれ以外の人についてか?」

「えぇ」


 それはまあ……おかしいとは思っているよ。

 そもそも同じ人間であることに変わりはないのに、少し特別な力があるだけでこうも相手を見下し、そして恐れられるんだから。


「おかしいだろ普通に考えて。同じ人間なんだし、協力すれば良いってのが俺の考えだけど」

「そうね。それが普通だと思いたいのだけど、どうも世の中はそうじゃない。悔しいことに、高ランクの探索者たちはさっきのような感じだから。ま、あのレベルは極一部だけど」

「……………」


 流石に何のお咎めもないということはなさそうだし、彼らにどんな裁定が下されるのかは気になるところだ。

 流石にこんなことを考えたところで、ただの学生である俺に何が出来るわけでもない……ま、元々家族の為と自分の興味が向くままに探索者をしているので、そこまでのことに手を出そうとは思わないけど。


「……もしかして皇は変えたいのか?」

「あら、良く分かったわね」


 いやすまん、単純に思ったことを口にしただけだ。


「私は確かにSランクの探索者よ。けれど、普通科にもそれなりに仲の良い生徒は多く居てね。休日に集まって遊びに行ったりすることもあるわ」

「ほう」

「そんな仲良しの子たちが虐げられている瞬間を見るのは嫌なのよ。どれだけ釘を刺しても改善するのはその時だけ、だからこそ私は少しでも変えたいと思ってる」

「……なるほどな」


 強い力には責任が伴い、同時に強い力を持つからこそその心に余裕が生まれ、他人を思い遣る優しさが宿る……レギオンナイトの言葉だけど、確かに皇の場合はそのタイプのようだ。


「皇みたいなのが大勢居れば世界は平和になりそうだなぁ」

「あら、そんな風に思ってくれるの?」

「誰でもこう考えると思うけどな」


 性格が悪い奴より、良い奴に人が集まるのは当然だ。

 しかし……改めてこうして近くで見ると、本当にこの皇刹那という少女の美しさをこれでもかと感じさせられる。

 腰ほどまである黄金の髪は綺麗で、空のように澄んだ瞳もそうだし真っ白な肌も美しく、そしてそのスタイルも抜群の一言だ。


「……一体天はいくつのモノを与えたんだか」

「どうしたの?」

「何でもないさ。取り敢えず、俺はあっちに行くよ。知り合いが居るから」


 皇と話していたら真一たちも戻ってきていた。

 普通科の生徒たちと楽しそうに話しているのを見るに、やはり彼らの人柄は普通科の生徒たちに受け入れられたようで何故か自分のことのように嬉しかった。


「分かったわ。あぁでも、最後に一つだけ」


 そう言った皇が言った瞬間、俺は反射的に身を引いていた。

 その瞬間、俺の体があった場所を剣の刃先が通過しており、それをしたのはこの場に居る皇しか居ない。


「ごめんなさいね。ちょっと確かめたいことがあったから」

「……さっき自分で武器を向けるのはどうかって言ったばかりじゃないか?」

「……あ」


 やることなすこと自信満々だったので、こう指摘しても男なんだから流しなさいとでも言われると思ったが、彼女はハッとするように剣を鞘に納めた。


「……ごめんなさい。その指摘の通りだわ……あぁもう、私ったら時々こうだからダメだって戒めてるのに。本当に、本当にごめんなさい時岡君」

「ちょ、そこまで謝らなくて良いって! 頭を上げてくれって!」


 周りから変な風に見られるからさ!

 でもあれだな……意外と皇って天然? 結局、その後すぐに皇とは別れたのだが彼女は最後まで謝罪を口にしていたので、意外と面倒な性格であることも分かった。

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