pray
持野キナ子
第1話
「今日からよろしくお願いします!」
春菜は大声で店長に挨拶した。高校生の彼女は、今日から病院内に併設しているカフェでバイトすることになる。
「今日からよろしくね」
「は、はい!」
「うん、いい返事」
春菜は笑顔で返事したが、不安な点があった。なぜなら彼女は、人見知りだったからだ。だから克服しようと、バイトを始めたのだ。
働き始めて一ヶ月。春菜の人見知りは、緩和しないが、仕事には少し慣れ、常連も彼女を覚えてくれるようになった。ランチタイムも終わり一段落。
「春菜ちゃん、お仕事は少し慣れた?」
「慣れましたよ、今は楽しいです」
「良かった、これからも一緒に頑張ろうね」
「ありがとうございます」
その時、女性客が入店してきた。初見なので、常連ではないのだろう。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「私と娘の二人です」
「へ?」
思わず間抜けな声を出す。すると、母親の背後から一人の少女が現れた。彼女は恥ずかしそうに小さく頭を下げた。
「こ、こんにちは」
少女は挨拶すると、母親の後ろに隠れる。
「すみません、この子、恥ずかしがり屋で」
母親がそう言うと、少女は恥ずかしそうに頭だけをピョコンと出し微かに微笑んだ。春菜はその仕草が可愛くて、思わず微笑んでしまう。でも、何か話しかけようと思っても恥ずかしくなり、彼女は戸惑ってしまった。店長が、しゃがんで声を掛ける。
「お嬢ちゃん、お名前は何ていうのかな?」
「か、加奈」
「加奈ちゃんはいくつ?」
「六才……」
その後、二人を席に案内して、珈琲とケーキを運んだ。
「ありがとうございます。ほら、加奈も」
「あ、ありがとう」
加奈は、頬を紅く染めてニカッと笑う。
「お、お子様、本当に可愛いんですね!」
なんて発言が出来る訳もなく、どういたしまして、としか返事できなかった。
後日、春奈と店長は二人で話す。
「来年から調理師専門学校に行くんだ」
「はい、中学生の時から決めていて」
「きっかけは何かあったの?」
「実は父が調理師なんですよ。私は昔から厨房に立つ父に憧れていたもので」
「お父さんの影響なんだね、なるほどね」
「店長は、何でカフェを始めたんですか?」
「昔からカフェを開きたかったから、自然な流れだよ。誰かが私の料理を食べて笑顔になってくれたら嬉しいな」
そんな会話をしていたら、来客のようだ。
「いらっしゃいませ!」
春菜が出迎えると、母親と加奈がいる。
「美味しかったから、また来ちゃいました」
「ありがとうございます」
席へと二人を案内する。二人共、ケーキを注文する。春菜はケーキを席まで運ぶ。机上では、加奈が、折り紙を折っている。真剣な表情がまた可愛い。
「ねえ、加奈ちゃんは何を作っているの?」
「つ、鶴を折っているの」
「ああ、鶴かー」
「でも全然、上手く折れないの」
「一緒にやってみようか」
春菜は丁寧に教える。結果的に一羽の鶴が出来た。
「やったね! 加奈ちゃん、凄く上手だよ」
「あ、ありがとう。でも、もうこの店にも来れるか分からないよ」
「えっ、何で?」
「実は今度に手術があるの。だから怖いの」
加奈は下を向く。春菜も困惑してしまう。
「大丈夫だよ、絶対!」
考え抜いて出た言葉はそれだけだった。
帰宅中の春菜は、店長の言葉を思い出す。
何か出来ることはないだろうか。そんなことを思い出し、春菜は商店街に向かう。一週間後。母親と加奈が来店する。
「こんにちはー」
二人が来た。いつものように、ケーキを注文する。春菜は、胸をドキドキさせながら彼女等に近付く。
「あのー。よ、宜しければ、これを受け取って頂けませんか?」
そう言って春菜は、ラッピングした箱と、折り紙の鶴を母親に渡した。
「いいんですか?」
「も、勿論ですよ。ケーキは加奈ちゃんのために焼きましたし、鶴は千羽には届きませんでしたが、心を込めて折りました」
「本当にありがとうございます! ほら、加奈も、お姉さんにお礼を言って」
加奈は軽く頭を下げると、母親の後ろに隠れてしまった。
「もうこの子は!」
母親は呆れる。その後、二人は食事を済まし再度、感謝の言葉を述べて退店した。店内は、春菜と店長の二人だけになった。春菜は少し自己嫌悪になる。自分の行為が加奈に取って不快だったのでは、と不安になっていたからだ。そう思い、春菜は掃除を始めた。ふと先程まで、加奈が座っていた机上を見る。そこには一枚の紙が置かれていた。
「春菜さん、大丈夫? 控え室にずっと篭ってるけど」
外から店長が呼んでいる。だが春菜は、その声に反応できない。彼女は嬉し泣きしていた。机上の紙には、こう書かれていた。
“いつもありがとう! おねえちゃんも、この店も大すき! 手じゅつがんばる!”
こんなお客さんがいるから頑張れるんだ……と思いながら、彼女は泣き続けていた。
pray 持野キナ子 @Rockhirochan1206
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