僕が息を止めても、世界はきっと分からない

猫パンチ三世

僕が息を止めても、世界はきっと分からない

 嫌な事があった。


 本当に嫌な事があった。


 思い出すだけで胸が苦しくなるほど嫌な事が、あった。

 

 誰のせいでもない、僕が選択を間違った結果だ。


 全部取り返しがつかなくなってから、ゆっくりと後悔に胸は押しつぶされていく。


 ああすればよかった、こうすればよかった。


 そんなありえたかもしれない都合のいい未来にしがみついて。


 僕は布団の中で目をつむる。


 胸が苦しい、腹も痛くなってきた。


 当分眠れそうにないのがはっきりと分かる。


 昔からいつもそうだった、失敗からしか学べない。


 いや、失敗からすら何も学んでいない。


 成功よりも失敗の方が、学ぶよりも忘れる事がはるかに多い人生だった。


 失敗から学べとはよく聞くが、どうやらそれにも才能が必要らしかった。


 もし僕が失敗から何かを学べる人間だったなら、きっと教科書に載れている。


 息がうまくできない、どうやら呼吸すらへたくそらしい。


 思い切って息を止めてみた。


 一人の夜だ、このまま本当に息が止まれば僕はこのまま死ぬだろう。


 けれど息は止まらない、心とは別に体は生きようとする。


 どんどん、どんどん苦しくなって最後は息をさせる。


 少しだけでも楽になりたい僕を、体は許してくれないらしい。


 体はまだ、この世界に未練があるらしい。


 真っ暗な天井を見て、僕はふと思う。


 本当に自分が息を止めて、このまま死んだとして、それが一体何になるだろうか。


 しょうもない人間が一人、何も残せなかった人間が一人。


 失敗ばかりしている人間が一人、後悔ばかりの人間が一人。


 地球からいなくなるだけだ。


 それに何の意味があるのだろうか。


 たとえ僕が死んでも世界は変わらない、死んだ事に気づきもしない。


 それは当然の事だけど、嬉しい事じゃない。


 僕はもう一度だけ息を止めてみた。


 だんだんと苦しくなって、僕はもう一度呼吸を始める。


 僕はどうやらこの世界にまだ未練があるらしい。


 だからもう少し、ほんの少しだけ生きてみようと思う。


 息を止めても苦しくなくなる日までは。

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