大文字伝子が行く64

クライングフリーマン

大文字伝子が行く64

午前10時。伝子のマンション。「総理は、やっぱり制服で印象が変わるのね、っておっしゃっていた。」

依田の感想に、「お前だけ得した感じだな。俺たちは交通事故装ったんだからな。」と福本が言うと、「俺なんか、交通整理だからな。」と物部も不服そうに言った。

「よく借りられたなあ。予備の宅配車。」と高遠が言うと、「所長が、大文字さんの頼みなら、って。」と依田が応えた。

「依田君の人徳じゃ無いわけだ。」と、あつこが揶揄った。

「はいはい。なんせ俺は・・・。」と言いかけると、慶子と祥子と蘭が「いい人だけど、おっちょこちょいなのよ。」と言った。

「そんな合唱しないでよ。」

「総理は身代わりを素直に受け入れてくれたんだな、ヨーダ。本庄先生はどうだった?」という伝子の問いに、「受付を通る時に上手く誤魔化してくれましたよ。だから、すんなり行けたんです。」

「しかし、間抜けな誘拐だったなら、交通事故要らなかったかなあ。」という服部に、「いや、服部。後のマスコミ対策に必要だった。久保田さんなら迅速に『事故の処理』も『事後処理』も迅速にやってくれると思ったから、皆に頼んだんだ。事情聴取はまだ終わっていないけれど、大林は少林寺拳法の生徒を長いコロニー生活で無くして、赤字倒産したんだろう。」と、伝子は言った。

「負けも素直に認めたし、我々との立ち会いも卑怯なことをしなかったし、元々まともな武道家だったんでしょう。」と、結城が言った。

「おねえさま。キーワードは?」とみちるが言った。

「あまり、望みはないな、って管理官が言ってたわ。」とあつこが言った。

「先輩。国会議事堂から、総理官邸って、そんなに遠くないですよね。」と山城が言うと、伝子が「ああ。まっすぐ、官邸に入るならSPだけで良かったかも知れない。でも、自宅に寄って、荷物運ぶって、よりによってTVで言っちゃったんだよ。それで、罠を張ることにしたんだ。」と、伝子は応えた。

「日頃、サイバーセキュリティ言ってる割には、自分のセキュリティには疎いんだな。」と、物部が言った。

「夕べのことは、『誘拐されかかったけど、SPが守った』ということになるわ。」と、あつこが言った。

「しつこく嗅ぎ回る記者がいるけど、今のところ、EITOは目立たない方がいい、と理事官は言っている。」と、伝子は言った。

「あ。肝心なこと聞いて無い。先輩、なんで総理が危ないって分かったんですか?」と蘭が言った。

「僕が解説してあげるよ。サウナの従業員が耳にしたっていう『まつりごっこ』は『政(まつりごと)』のことだと伝子さんは判断したんだ。秋祭りは、全国各地でやっている、東京でも、3つだったかな、大きいのはある。でも、祭りのどれかと考える前に『ごっこ』って何だろう?ごっこって、大抵は実態のあるものの模倣を指す。『お医者さんごっこ』とかね。まつりという言葉にくっつけるのは無理がある。そこで、その単語を発音したのは誰か?最近は那珂国人の『死の商人』も多い。流ちょうに日本語を話す那珂国人もいれば、そうでない場合もある。まつりごとの聞き違いなら納得しやすい。そこで、今、一番目立っている政治家と言えば、新総理の市橋菜恵だ。そこで、伝子さんはEITOにも連絡し、SPチームにも連絡し、副部長達にも連絡をした。」

「分かった。高遠さんは、すぐに理解出来たの?」「伝子さんの婿養子で、愛し合っているから。」

蘭と高遠の会話に、物部が割り込んだ。「そこで、惚気るなよ。」

管理官用のPCが起動した。「大文字君が言った通り、奴らは反社でも半グレでもなかった。赤松小事の赤松誠二は、ガキ大将をやっていた頃の仲間と小さな土産物製造の会社を経営していた。好調だった会社はコロニーで状況が一変した。死の商人が現れた。『持続化給付金』なんて、後の話だ。札束積まれて、時期を待てと言われた。」

「サウナの経営者と同じですね。」

「そうだ。多分、その時点では、いずれ政府要人を誘拐して、という段取りだったんだろう。ところが、総理が交代した。絶好のチャンスだ。赤松の社員をSPに化けさせ誘拐したら、人違いだった。社員は腕に覚えはあるものの、ヤクザとは違う。警官隊と衝突した場合を考えた。友人の大林に助っ人を頼んだ。大林も拳法を習いに来る者がコロニーのお陰でいなくなって困っていた。大林は、大文字君が見込んだとおり、誘拐なんかしたくなかった。卑怯者のすることだから。短い時間だが、対戦させて貰ったことを感謝していたよ。ところで、赤松は以前『死の商人』との会話を録音していたことを思い出した。押し売り対策の自動録音機の録音だ。これを聞いてくれ。多分、他の死の商人とスマホで電話している。」

管理官は、デジタル処理させた音声を再生した。

『:;@「「**//まつりゴコ@「」」-¥^ひかる』

皆、二つの単語以外は、うまく聞き取れなかった。

伝子は胸騒ぎがして、ひかるに電話をした。なかなか繋がらない。繋がったが、母親の千春だった。

「あ。中山さん。ひかる君なんですが・・・。」

千春は、涙声で「誘拐されました。」と言った。「今、帰ったら、貼り紙がしてあって。警察に届けても大文字伝子に届けてもいいって書いてあります。それで今・・・丁度。」

「分かりました。すぐ行きます。」と伝子は電話を切り、「ひかる君が誘拐された。」と言った。

「あつこ、誘拐事件の対処だ。私は出掛ける。」「待って、伝子さん。僕も行くよ。」

「分かった。あつこ、みちる。後を頼む。」伝子は高遠と飛びだして行った。

伝子の自動車の中。第二高速道路に入った時、異変に気づいた。「しまった。ブレーキとアクセルに細工をされた。学。DDバッジを押せ。」

高遠はDDバッジを押し、ガラケーでEITOに電話をした。このガラケーは、通称『大文字システム』が組み込まれていて、盗聴され難い。そして、特殊な追跡システムが組み込まれている。DDバッジとは、EITOが現在地を割り出す為のバッジで、通常はエリアのみEITOで捕捉しているが、押すとピンポイントで位置が判明する。

EITOベースゼロ。通信室。草薙が高遠に応答した。

「どうしました?」「今、第二高速ですが、アクセルやブレーキを細工され、思うように進めません。」「了解。対処します。」と、草薙が応対した。時刻は午後1時を回っていた。

横で聞いていた理事官がインカムを取り出した。

「エマージェンシー、オールレッド!!草薙。緊急システム作動。沖三曹。MAITO連動システム作動確認。上島警部。第二高速の高速自動閉鎖システム作動確認。河野事務官。白バイ隊要請。高速エリア署にも応援要請。EITOオスプレイ緊急発進。今日の当番は誰だ。」

「私と金森です。」となぎさの声がインカムに響いた。

「よし、全員、かかれ!草薙。大文字君のマンションは?」と理事官は草薙に言った。

正面のディスプレイに、伝子のマンションのPCの画面が出た。

「留守番は依田君か。よろしく頼む。」「はい。あつこ警視とみちるちゃん、白藤巡査部長は、中山ひかる君のマンションに向かいました。愛宕巡査部長と青山警部補は、現場に既に向かっています。あ。他のDDのメンバーは帰りました。」

「了解した。」

EITOベースの中から、オスプレイが発進した。

第二高速道路。伝子が速くなったり遅くなったりしている自動車を悪戦苦闘して走らせている。

「伝子、諦めるなあ!」と高遠は叫んだ。突然、上空にEITOのオスプレイがやって来た。パラシュートを着けた、なぎさと金森が落ちて来た。いや、スカイダイビングで降りて来た。

そこへ、EITOのオスプレイの代わりにやって来たMAITOのオスプレイがフックのような『かぎ爪』を2個降ろしてきた。二人は、そのフックに捕まり、フックは、伝子の車の上まで降りて来た。

二人はフックを自動車の屋根に引っかけた。自動車の窓は既に開けられていた。

フックが引っかかった瞬間、屋根の上になぎさと金森は腹ばいになり、自動車は空中に浮いた。料金所のすぐ手前だった。

伝子はエンジンを切った。

MAITOのオスプレイは、近くの池の前の草むらに降りた。

屋根から、なぎさと金森が降りて来た。金森はEITOに無事を知らせた。

自動車から降りた高遠と伝子は、草むらにゲロを吐いた。

空自の隊員が降りて来て、なぎさと金森に敬礼をし、伝子と高遠に敬礼をした。

午後1時。ひかるのマンション。愛宕とみちるが、ひかるのマンションの部屋に入った。捜索体制に入る前に覗いてみたのだ。ひかるがいた。猿ぐつわをされ、後ろ手にしばらえれて。

男が二人、ひかるの側にいた。「何でここが分かった?大文字伝子はどうした?」と男の一人が言った。

「ここに来る途中で、事故に遭った。」「嘘つけ。」「本当だ。大文字伝子に何のようだ?」

「ガキの代わりに捕まって貰う。」「それから?」「それからは、知らん。聞いていない。」

あつこと結城が背後から二人を襲い、倒した。愛宕とみちるは二人に手錠をかけた。

「陽動ですね、警視。」「陽動ね、警部。」

午後4時。伝子のマンション。2つの現場からの知らせを受け、依田は、DDのメンバーに連絡をした。

「お疲れ様、依田君。あ。今日の勤務は?」「休みです。」EITO用のPCの前に座っていた依田に、理事官が言った。

「タイミングを逃してしまっていたんだがね。君たちのギャラ、出ることになったよ。ボランティアで始めて貰ったが、事件解決にも寄与して貰っているんだからね。『協力料』という名目だ。警察からだったら、金一封で終わりだが、これは、年間契約料みたいなものだ。君から皆に伝えてくれ。それと、大文字君と高遠君だが、念の為、指定のホテルに泊まって貰う。それで、そこの戸締まりだが・・・。」

「藤井さんが、合鍵持っていますから。」「そうか。じゃ、後は頼む。」

画面が消えると、藤井が横にいた。「呼んだ?」「あ。合鍵持っておられますよね。」

「持ってるわ。二人かあ。あ、ちょっと早いけど、ラーメン食べる?」「はい。」

「あ。誘惑しちゃダメよ。不倫になるでしょ。」「誰かの影響かな?」

台所に支度に行った藤井を尻目に、依田は慶子に電話していた。

「浮気?とんでもない!実はね、今日は交通安全教室の打ち合わせどころじゃなかったんだよ。」

台所で「やっぱり、若いっていいわね。私もお見合いしようかな?」と藤井は呟いた。

―完―


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