××××エピローグⅡ××××
××××エピローグⅡ××××
なんでこうなってしまったのだろうと私は先輩の背中を見つめて思う。
もちろん決して多くはないけれど勝負に負ける可能性は考えていたし、しかしあくまでもそれは自分のミスがあってこその可能性のつもりだった。それなのに、何一つとしてミスすることなく東北東地区にたどり着いた私は花弁の舞い散る中に暴れているスパイダーを前にした、右腕を失ったハルヒトの姿を見た。これは砂漠の中で泉をみるような幻視ではないのかと目の前の景色を疑い、それでも自分の内のほうから湧き上がってくる感情はどういうわけか驚きや悔しさに紛れてこの状況を喜んでいるものがあった。
これが不思議でならない私が、その場で立ち尽くしている間に、八脚型のスパイダーが花吹雪と一緒になって自爆する。
完全な敗北だった。
吊るしていた糸がぷつりと切れたように倒れ込むハルヒトの元へと、疑問に対する答えをなにも出すことなく走り出した私は自分の中にいるキサラギの記憶に問いかける。ハルヒトに勝負を吹っ掛けた時に、私はもしかしたらこの結末を望んでいたのかな。心のどこかでハルヒトに対する負い目があったのは私も知っていて、常に私の前をひたむきに進んでいた憧れの姿を、出会ったころのように目の前に壁なんてなにもない自由な姿を、私こそが奪ったしまったことにかつてのキサラギはまるで気づいてもおらず、それをもどかしく思って私はモミジのようなお節介を焼いてしまったのかもしれない。
すでにわからなくなっていた。
私がキサラギであることを否定されたあの時から、確固たるものをまるで自分に持ち合わせずにぐらついていた。
やっぱり人間同士で育まれるという愛を、人間でない私が望んではいけなかったのだろうか。
地球という星に埋め込まれた生物淘汰のシステムごときが、地上に生きる生物を模倣してしまうことはおそろしく自然の摂理を外れている出来事だ。
もうわからない。
あれほど欲しかったはずの愛も、今の自分が望んでいるとは思えず、所詮はないものねだりの模造品でしかないことを事実として脳内に叩きこまれる。私の頭の中を大量のエラーが縦横無尽に駆け巡っている。しかしその中で、私は目の前の彼を救うための算段を無意識のうちに立てていた。この判断はキサラギの記憶が行っているものなのか、それとも自分自身の意思で行っているのかはわからない。私の中にあるキサラギの記憶は、私の問いかけにはなにも答えてはくれない。
ハルヒトの傍で正座をするように膝をついた私はとにかくハルヒトの病態を見ることにした。そして高水準の医療施設でもないかぎり、この場所でのハルヒトの延命治療は不可能であるという結論に達した。よくここまでたどり着いたものだと感心するほどの出血量は、すでに取り返しのつかないものでありこれ以上の出血はハルヒトの死を意味していた。
本来であれば、彼を救う手段はない。
だけどたった一つ、私にしかできない方法でハルヒトのことを救うことができる。
私の人体に許される限界にまで高めた自然治癒力は、いわゆる脳の機能をいじることによって生み出された人工の力である。ハルヒトの脳をいじくることにより、今から彼の自然治癒力を高めることはさすがにできないが、ハルヒトの脳と私の脳とをハッキングの技術により接続することで、私の持っている自然治癒力をそっくりそのまま彼に受け渡すことができる。
その代償として、ハルヒトに受け渡した力はたちまちに私の中から消え去ってしまう。
それでいいのだと思う。
敗者の私は、どれだけ理不尽な命令であろうともハルヒトの望むがままに行動を成す。
死ねと言われたら当然死ぬ。
だけどその前にハルヒトが死んでしまっては元も子もない。
しかしハルヒトを助けるための理由はきっとそれだけではないのだと思う。
自分の膝の上に乗せたハルヒトの頭の感触を感じて、私は聞こえているのかはわからないけれど一応のために話しかけてみる。
「これから私の自然治癒力を先輩に移譲します。そうしたらこれぐらいの傷なんて関係なく先輩は助かるので、その後に私をどうしたいのかを決めてください」
移譲した。
これからは大きな傷を受ければ普通の人間のように死んでしまう。
ハルヒトが自然治癒により右肩からの出血を抑えて、失っていた意識を取り戻して、私と滲んだ視界を絡ませあった。
このまま時が止まってしまえばいいのに、そんなとりとめもない思考が頭をよぎると、太ももに置いた頭はそのままにハルヒトが今思いついたみたいにぽつりと言った。
「君は、人になりたかったんだね」
ああそうだ。
結局はそこに行きつくのだ。
多くの感情を知ることで多くの人間性を獲得しながらも、何百年の時が流れようとも、私はどのようなことをしようとも人間にはなれない。
羨ましくて、なによりも憎らしかった。
回りくどいことをして、恐れながらも手を伸ばした。
しかしその手は届かない。
頭上に輝く星のようだと思った。
おもむろに上半身を起こしたハルヒトが、
「君の記憶を消去する。そして本当のキサラギを取り戻すよ」
私はキサラギにすらなれなかった。
クローン体である彼女は一人の恋する乙女になれた。そのことがどうしようもなく羨ましい。
「私はキサラギにはなれなかったんですね」
わざわざ口に出してこのことを言ったのは、ハルヒトか、それともキサラギに対して意地悪をしてやろうという気持ちがあったのかもしれない。
案の定というべきか、ハルヒトが困ったような顔をしてなにも言えずにいた。そのまま立ち上がるハルヒトに合わせて、私も立ち上がる。そして自分の顔が微笑みを湛えていることに私は今さらながらに気がついて、
「助けてくれてありがとう」
ハルヒトの感謝の言葉を聞いた時に、この人がどうしようもなく好きであるということに気がついた。キサラギではない自分の存在意義をハルヒトに見出してもらったような気がした。これが偽物の感情であろうとも、別に構うものかと思いながら、もう一度だけ気味悪がられようとも愛しているを言ってやろうと決めた。次はどのような顔を見せてくれるのだろう。
だけど言葉は紡がれない。
唐突に訪れた死は、しかし恐怖を感じなかった。
後悔はあったけど、それがなんだか人間っぽいなあと感じた。
もしかしたら、伸ばした指先ぐらいは、あなたたちに触れていましたか?
Noahーー幻想の青、届かない空ーー 仲島 鏡也 @yositane
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