第8話 またバイト?

 アルバイトが終わってから、およそ一週間が経過した。

 今日は休みであたしとスコーンは、寮の部屋で一緒に宿題をやっていた。

「ねぇ、攻撃魔法のこの辺りが微妙で…」

「ん、どこ?」

 スコーンに声をかけられて、あたしはスコーンの机に近寄った。

「ここ、攻撃魔法の要なんだけど、ここまで細かく考えた事がなかったから」

「あー、そこか。全ての魔法で必要な要素だよ。『…の精霊よ。我が身我が身となりて、その力を示せ』。どんな四大精霊でも、この文言は入ってる。えっと、例えば…」

 私はこの要素を抜いた攻撃魔法を放ってみた。

 しかし、魔力が噴射され悪臭が部屋に充満した。

 この異臭は、魔法の発動を失敗した時にまき散らされる、未消化の魔力が腐った時に発生するもので、『腐敗魔力』と呼ばれるものだ。

「こ、こら、リズ。やるなら屋上とか校庭でやらないと。臭いよ。あんまりだよ。吐くかと思ったよ!」

「あたしもこれはキツい。よし、こういう時は腐敗魔力を吸収させて…」

 私は前方に突きだした両手に魔力が集中していくのを感じつつ、呪文を唱えた。

 部屋を埋め尽くすほど巨大な『明かり』の光球が生まれ、ド派手な爆音と共に弾けとんだ。

「ぎゃあああああ!?」

「め、目が目が~ああ!?」

 …かくて、腐敗魔力の処理は終わり、寮の被害は度を超した爆音で迷惑をかけただけで済んだ。

 一瞬考えた、攻撃魔法で処理よりはマシだろう。

 あたしは、医務室に運ばれていくストレッチャーの上で、そう思う事にした。


 とりあえず、あたしがやらかした事は、このカリーナでは珍しくない事という事で、特に問題とはならず、医務室で簡単な診察を受け、処方された魔法薬を飲んで、事なきを得た。

「全く、あの爆音でキャストとキャシーがこなかったら、今頃どうなっていたか。まだ頭がクラクラするよ!」

 スコーンが苦笑した。

「だから、ゴメンって。はぁ、我ながら凄かったな。あれだけ魔力を込めると、明かりもバカに出来ないな…」

 あたしは机の上に置いてあるメモに、二度とやるなと書いておいた。

「あれ、完全に暴走したでしょ。隠したって分かるよ。私も気を付けよう」

 スコーンが笑った。

「滅多な事じゃ、魔力コントロールをミスらないんだけどな…。あたしももう一度基礎に立ち返ろう」

 ベッドに座ったあたしは、試しに左手を同じようにベッドに座って、ハムサンドをモグモグしているスコーンを狙って、無数のシャボン玉を放った。

 これを、スコーンに当てるまで、一つも残さず維持する。

 あたしが独自に編み出した、魔力コントロールの練習方法だ。

 シャボン玉がスコーンに当たって弾けたが、ハムサンドとファッション雑誌に夢中のスコーンは気づかない様子だった。

「うん、コントロールは出来てる。さっきのはイレギュラーだね。まあ、攻撃魔法を撃つ魔力で明かりなんて使ったら、そりゃ暴走するか!」

 私は少し気が晴れ、あたしはベッドの上に乗った皿の上にあるタマゴサンドを一切れ食って笑みを浮かべた。

 ちなみに、スコーンとあたしが食っているサンドイッチは、キャシーがダッシュで学食から持ってきてくれたものだ。

「さて、あたしは『月刊 ミリタリー』でも読むかな。今月の付録はワルサーP38だったかな」

 あたしはベッドサイドに置いた、バカでかい雑誌を取り出し、付録の拳銃を手に取った。

 この手の雑誌は付録のためにあるようなもので、いつも本文は読み飛ばして捨てている。

「変な雑誌だよね…。まあ、いいや。これ、撃ってみないと精度が分からないんだなぁ…」

 私は銃の点検をはじめた。

 スライドを外そうとした時、部屋の扉がノックされた。

 ハムサンドを食べ終えた様子のスコーンが、扉を開けにいった。

「こんにちは、暇そうですね」

 笑って入ってきたビスコッティが、あたしの方をみて愕然とした。

「そ、それは『月刊 ミリタリー』。どこで買ったのですか!?」

 ビスコッティがあたしに詰め寄ってきた。

「うん、定期購読してるよ。ここに送ってもらうようにしたんだけど、仕入れの都合で購買受け渡しになったんだよ」

 あたしは笑った。

「それ、凄まじい倍率で、なかなか定期購読契約が結べない事で、マニア界では有名なんです。ここで見かけるとは…。今月の付録はどうでしたか?」

「これ、ワルサーP38だよ」

 あたしはさっき開封したばかりの拳銃を、ビスコッティに手渡した。

「…ワルサーP38ステンレスモデル。これ、売って下さい。五十万クローネで!」

 なにか襲ってくるような勢いで突っ込んできたビスコッティに、あたしが対抗出来るわけがなかった。

「そ、そんなに欲しいならあげるよ。あたしより大事にしてくれそうだし」

 あたしは苦笑した。

「いえ、ダメです。お金は払います」

 ビスコッティがビシッといって、空間ポケットから持ち運び出来る金庫を取り出した。

「えっと、五十万っと。確認して下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、札を私が座っているベッドの上においた。

「わ、分かった…。いきなりお金持ちになったな」

 あたしは苦笑して、札を数えて空間ポケットの財布に入れた。

 ちなみにこれ、巾着袋なので結構入るが、肝心の金があまりないので、いつもスカスカだった。

「はい、これで貸し借りなしです。いい買い物をしました。おっと、本題を忘れていました。実は個人的に運びたい荷物がありまして、代金は払いますのでお願い出来ますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「暇だからいいよ。どこにいくの?」

 あたしはビスコッティに問いかけた。

「そうですね…。ここからだと車で三時間くらいのポート・カインズという港町です。私は個人的に魔法薬を海外に輸出しているのですが、その積み出し港なんです。今までは輸送に何社も使って経費がかかり、その分値上げしなければならかったのですが、お願いできるようなら値下げして価格競争に勝てます」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そういう事か。断る理由がないし、引き受けるよ」

 あたしは笑った。

「うん、私もいいよ!」

 スコーンが笑った。

「ありがとうございます。さっそく準備します。すでに荷造りは終わっているので、あとは積み込むだけです。トラックの準備をお願いします。外出届けは、私が出しておきますね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 あたしとスコーンは、校庭に移動してトラックを駐めている一角に移動した。

 早くもビスコッティの仲間たち六人が、護衛車の準備をはじめ、エンジンを暖気していた。

「うん、きたな。寒いし速く済ませよう。荷台を開けてくれ」

 アリスが笑みを浮かべた。

「分かった、えっと…」

 例の精神波チャンネルで出かける事を察知した様子で、トラックのエンジンは掛かっていて、あたしが扉を開けるためのレバーに手を当てると、ガチャッと鍵が開く音が聞こえた。

 そのまま扉を開けて運転席に滑り込むと、あたしはダッシュパネルで赤く光っているランプに手を当てた。

「よし、荷室の扉を開けて!」

『なに、どっかお出かけ?』

 キットの声と共に、機械音が響いた。

 スコーンが助手席に座り、シートベルトを締めて笑みを浮かべた。

 目の前の校庭地下の秘密部屋? からフォークリフトがワラワラ湧いてきて運んでいた木箱を荷台に積みはじめた。

「…バインド」

 私が呪文を唱えると、スコーンの体に緑色に発光する魔法のロープが巻き付いた。

「な、なにこれ、面白い!」

 スコーンが笑った。

「あたしのオリジナル…っていうか、全部の魔法がそうだけど、これは荷造りとかなにかを縛るときに便利だよ」

 あたしは笑うと同時に、魔法のロープを消した。

「へぇ、面白いな。私はほとんど攻撃魔法だよ。こういう便利魔法を作った方がいいのは分かっているんだけどね」

 スコーンが笑った。

「まあ、便利魔法はなにかと使うから、一つでもあればいいよ。アイディアがあったら、参考程度にアドバイスするよ」

 あたしは笑みを浮かべた。

「そうだねぇ…今は思いつかないな。分からなかったら教えて!」

「いいよ!」

 スコーンとあたしは笑った。


 荷積みにたっぷり二時間かかり、昼メシ後だったのが幸いしたのだが、出発する時間が遅くなってしまった。

 今から三時間かけて港町に行き、荷下ろしして帰路につく頃には、もう完全に夜になっている事だろう。

 それをビスコッティも分かっているようで、外出証には日付が変わるかもしれないという但し書きが書いてあった。

 ともあれ、荷積みが終わりあとは出発するだけになった。

『ビスコッティです。少し急いで行きましょう』

 手待ちのハンディタイプのものより、はるかに強力というトラックの無線機から、ビスコッティの声が聞こえてきた。

「分かった、後ろをついていくよ」

 マイクを片手にあたしは答え、護衛車に続いてトラックがゆっくり走りはじめた。

「リズ、楽しみだね!」

「そうだね、ついでになんか食って帰ろう!」

 あたしは笑った。

 護衛車とトラックは、校庭から外に出る門を通って街道に入り、あとはスムーズに程度な速度まで加速した。

「それにしても、なんの魔法薬だろうね。外国と取引なんてまた…」

 あたしは苦笑した。

 なんの魔法薬かは分からないが、ビスコッティの事だから妙な薬ではないだろう。

 他国の取引なんて面倒な事を、よくやろうと思ったなと、素直に思った。

「確かに面倒だよね。さすが、ビスコッティ。色々やってるね!」

 スコーンが笑った。

「まあ、謎が多いからね。そこが、面白い!」

 あたしは笑った。


 特になにもなく、出発から二時間が経った。

 途中で休憩をしながら、あたしたち一行は地図上に『魔物多数!!!』と、トリプルコーション付きの赤字で記されたエリアに差し掛かった。

 護衛車が速度を落とし、トラックもそれに合わせて速度を落とした。

「さて、なにが出てくるか…」

 あたしは探査魔法を使った。

 レンジを二十キロまで絞った探査範囲には、怪しい反応はなかった。

「ビスコッティ、今のところなにもいないよ!」

 あたしは無線のマイクを取って、ビスコッティに連絡した。

『あっ、探査魔法ですね。ありがとうございます。慎重にいきましょう』

 ビスコッティの明るい声が返ってきた。

「これでよし。スコーン、いざっていう時は、速攻ぶち込む心構えはしておいて!」

「分かってる、なんか出るかな。オバケ毛虫とか!」

 スコーンが笑った。


 気合いを入れていたのだが、まだ日が高いせいか魔物の動きはなく、夕方近なってポート・カインズに到着した。

『貨物ターミナルまで先導します。ついてきて下さい』

 無線でビスコッティの声が飛んできて、活気のある町中を走っていった。

 貨物ターミナルとやらはどうやら町の奥にあるようで、普段から荷物を運んでくるトラックが通るせい、かかなり道幅が広かった。

 しかし、この世界では規格外れのバカでかいトラックである。

 通れるかどうか少し心配したが、キットが操るトラックは危なげなく進み、正面に開けた港の光景が広がった。

「おおっ、私は海なんて滅多に行かなかったから、これはいい!」

 スコーンが目を輝かせた。

「あたしも山育ちだからね。海は初めてだよ!」

 夕日に染まった海の景色は、なかなか素晴らしかった。

 その間にもトラックは進み、頑丈なフェンスと門で塞がれ、警備員まで立っている警戒厳重な場所で一度止まり、ビスコッティが車を降りて、なにか書類のようなものを警備員に見せて、しばらく話したあと、あたしとスコーンに向けて手を振って合図してきた。

「ん?」

 意味が分からず声を上げると、護衛車が脇に避けて道を空けた。

『はいはい、分かりましたよ。誘導に従って行けばいいようです』

 プシュンと音がして、トラックがゆっくり走りはじめた。

 貸し出しでもしているのか、自転車に乗ったビスコッティがトラックを追い抜いて、先頭に立った。

 しばらく進んでビスコッティが止まると、トラックがも止まった。

 ビスコッティは自転車を降りて、トラックの運転席側に走ってきた。

 あたしが窓を開けて準備すると、ビスコッティが周囲の騒音に負けない大声を上げた。「ここで荷下ろしします。荷台の扉を開けてください!」

「分かった!」

 あたしが返すと、キットが荷室の巨大な蓋を開けた。

 港のフォークリフトが木箱を下ろしはじめ、あたしは小さく息を吐いた。

「よし、これであとは帰るだけだね。その前に、なんか食ってからだけど!!」

 あたしは笑った。


 荷下ろしに二時間程度掛かかり、作業が終わった時にはすっかり夜になっていた。

 トラックを桟橋の空いているスペースで転回し、誘導に従って厳重にガードされているエリアを出ると、再び護衛車が前につき、そのままダラダラと道路を進んだ。

「ビスコッティ、この辺りで美味しい店がある?」

 あたしは無線でビスコッティに問いかけた。

『残念ながら、ここは漁港ではないので、これといったお店がありません。どうしてもお腹が空いたのなら、少し先にドライブインがありますので、そこで食事を済ませましょう』

 ビスコッティの声を聞いて、あたしはちょっと暴れたくなった。

「な、なんで。酷いよ。あんまりだよ。楽しみにしていたのに!」

 スコーンが泣きそうになった。

「まあ、ないものはないから。ドライブインでメシ食おう!」

 あたしは無線で、ビスコッティにその旨を伝えた。

 闇の中をヘッドライトが照らす中を走り、ビスコッティが話していたドライブインの駐車場に入った。

「スコーン、メシだぞ!」

 あたしは笑った。

「絶対魚を食べる。刺身食べる…」

 スコーンが変なオーラを放ちはじめた。

「な、なんかマジ?」

 あたしはそっと問いかけた。

「マジだよ。これで魚がなかったら、神だかなんだかよく分からない平べったいものを、粉々にするよ」

 スコーンがニヤッと黒い笑みを浮かべた。

「あ、あーあ、なんかブチ切れちゃってるし。まあ、いいや。降りよう」

 あたしは苦笑した。


 大人数でドライブインのレストランに入り、係のおばちゃんに案内されて

 あたしたちは椅子に座った。

「刺身定食あった!」

 スコーンが笑った。

「じゃあ、あたしも同じで!」

 あたしは笑った。

 結局、あたしとスコーン以外は全員肉料理をチョイスしてしばしの雑談となり、料理が運ばれてくると、みんなで急いで食った。

 この先にある魔物エリアを抜けなければならないし、三時間という距離も考えると、あまりゆっくりはしていられなかった。

「さて、みなさん先にいってください。ここは私が払います」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「えっ、いいの?」

 あたしが問いかけると、ビスコッティが笑った。

「遠慮しないで下さい。これも、お駄賃の一つです」

「そ、そう、なら甘えちゃおう!」

 あたしは笑った。

「うん、ごちそうさま!」

 スコーンがはしゃいだ声で笑った。

「では、急ぎましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 ドライブインを出発し、すぐに地図上に記載がある魔物エリアに差し掛かると、護衛車の速度が徐々に落ち、トラックとの車間距離を詰めて、一丸となって突き進んでいった。

「ん、戦闘?」

 あたしたちの行く先で魔法の光が煌めき、爆音が聞こえてきた。

 探査魔法が使えればよかったのだが、魔物の中には強い魔力に引き寄せられるものもいるので、強力な魔力を放つこれは使えなかった。

 速度を落として進んでいくと、街道パトロール隊の制服をきて、赤く光る棒をもって交通整理をしている人が、私たちを止めた。

 そのパトロール隊員は、ビスコッティと一言二言会話をすると、再び停車位置に移動して、棒を水平に持って立った。

『この先でパトロール隊が、大規模な魔物の駆除を行っているとの事で、街道周辺が終わるまでは通行止めだそうです。しばらく待ちましょう』

 無線でビスコッティからの情報が入ると、私は大きく深呼吸した。

「なるほど、魔物多出地帯でも街道が平和なわけだ。街道パトロール隊って滅多に見ないから、どこで仕事しているのかと思っていたんだけどね!」

 あたしは笑った。

「任せっぱなしじゃなくて、援護したい!」

 スコーンが笑った。

「あたしも待ってるのは嫌なんだけど、下手に出ると邪魔になるからね。ここは我慢だね」

 あたしは笑った。

 そして、待つこと二時間半。隣のスコーンはスヤスヤ寝ていて、あたしもうつらうつら眠気に揺られていると、いきなりトラックが走りはじめ、あたしの目が覚めた。

 隣のスコーンも目を覚まし、座ったまま大きく伸びをした。

「やっと終わったみたいだね。もう、深夜だよ!」

 スコーンが笑った。

 護衛車を前に進んで行くと、ヤケに遅いと思ったら、またもパトロール隊による交通整理が行われていた。

「…これ、何カ所あるの?」

 あたしはげんなりした。

「あーあ、こりゃいつ帰れるかな…」

 スコーンが苦笑した。


 結局、全部で三カ所で止められ、実に十時間もかけて、ようやく魔物エリアを抜けた。

 あとは、カリーナ目指して突き進むのみ。

 通りかかった村や町をガンガン通過し、カリーナが見えてきた頃には、夜もすっかり明けた頃だった。

 週末連休で、今日も授業はなく休みだ。

 そうでなかったら、片付いていない宿題に悩まされた事だろう。

『ビスコッティです。リズ、今日は魔法薬の勉強をしましょう。早く寝て下さいね』

 ビスコッティの笑い声が聞こえてきた。

「じょ、冗談でしょ…」

 あたしはマイクを持ちながら、苦笑した。

『冗談です。ありがとうございました。これで、無事に魔法薬を送る事ができました。今後も発注があれば、よろしくお願いします』

 ビスコッティの笑みが見えそうな声で、無線で声が飛んできた。

「分かった、その時は無理しないで泊まろうね」

 私は苦笑したのだった。

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