第65話 番外編『ファンサービス』幽雅視点
国内で大きく注目された私と灯屋君の結婚式を無事に終え、一か月ほどが経った。
入籍に性別が関係無くなった社会での同性婚第一号だからしばらくは取材が殺到し、私はメディアに引っ張りだこだ。
幽雅財閥の御曹司である私と違い、灯屋君は一般男性という事であまり表に出ていない。
彼の情報がネットに上がろうものなら瞬時に消されるし、出版社にタレコミがあれば不幸な事故によって出版できなくなるらしい。
私は何もしていない。
毒を以て毒を制すとでも言うか、灯屋君を全力で守る裏社会の監視が行き届いている証拠だ。
そんなこんなで世間の盛り上がりも落ち着いてきた。
灯屋君は比較的普段と変わらぬ生活となっている。
しかし、私がテレビや雑誌に頻繁に顔を出すようになり、芸能人ばりに人から声を掛けられるようになった。
せっかく普通に外に出られるようになったのだから、今日の私は出勤前にコーヒーショップに寄った訳だが。
「おい、あれ
「ツグ様だ~♡」
「サイン貰えるかな」
「名刺は普通にくれるらしいぞ」
「はは、無理無理。緊張して声かけれねぇよ」
などと、そこかしこから声が聞こえる。
会長の孫という七光りを私は全面に押し出しているので、孫サマと男子から呼ばれており、女子はツグ様と呼ぶ事が多い。しかし何故様付けなんだ。
コーヒーをカウンターで受け取り、名刺を欲しそうにしていた青年のテーブルに名刺を置いてから店を出ると、待ち構えていた女学生グループに声を掛けられた。
「ツグ様! 一緒に写真いいですか!?」
「ああ、構わない」
「やったー! ネットに載せてもOKなんですよね!」
「大丈夫だ」
「ありがとうございましたー!」
私はレンズに向かって即座に最高の笑顔と角度でポーズをとるのも慣れてしまった。
一組目が終わってからも複数の女性に同様の願いをされ、人が減ったのを見計らって待たせていた車に乗った。
私が男と結婚しているという安心感からなのか、女性からの接触がとにかく多い。
別に女性が苦手とか特別興味が無いという訳でもなく、単純に『灯屋君』か『その他』というグループ分けなだけなのだが。
レディ達の警戒心の無さを心配してしまう日々だ。
「さっそくあがっているな」
簡単に検索するだけで、先ほど一緒に撮影した子達のSNSが簡単に見つかった。
本当にもう少し警戒した方が良いと思うが、画像に添えられた興奮を感じさせる嬉しそうな文章を見ると私も嬉しくなってしまう。
幽雅グループの良いプロモーションになるから、私は基本的にこういった頼み事は断らないようにしている。
そう言い訳しつつも、私という存在が隠れる必要が無くなった事を実感し、こっそりと喜んでいるのだ。
◇◇◇
「ドンってば、今日も女子とくっついて写真撮ってる~。若くてカワイイ子ばっかりですねぇ」
登坂が休憩時間にスマホをいじりつつそう言ってきた。
ニヤニヤとわざとらしく大きな声を出して面倒な奴だ。
「私は時の人だからな。幽雅グループの代表として好印象を抱いて貰うためならば必要経費だろう」
「まぁ、それもわかりますけどぉ。新婚でこれはどうなんですかねぇ灯屋さん~?」
こんな事で灯屋君が嫉妬したり心配したりしないと思っているが、登坂の言う事の方が世間の常識としては何も間違ってはいない。
私の無神経で灯屋君を怒らせた実績がそこそこあるため急に不安になってきた。
登坂は本当に人を揺さぶるのが上手いな。
つい感心してしまうが、そんな場合ではない。
デスクでPCに向かっている灯屋君を見ると、彼は顔を上げる事も無くキッパリと言った。
「俺の方が可愛いんで大丈夫です」
その場にいた者の時間が止まって静寂が広がる。
自ら話を広げた登坂すらも真顔だ。
静かになった事で、灯屋君は慌てて顔を上げて弁明を始めた。
「ぁ……いや、外見の話じゃなくて! 幽雅さんにとってって話ですからね!?」
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、灯屋君の全身が赤くなってくる。
そう、そうなのだ。
私の灯屋君が一番可愛い。
なんだか目頭が熱くなってきた。
「幽雅さん!?」
「すまない……灯屋君の自己肯定感がここまで育ってくれたんだなと……」
「笑うならまだしも、こんな事で感動して泣くのはやめてください!!」
しばらくフロアは温かい空気に包まれ、登坂はいつの間にか退勤していなくなっていた。
灯は幽かに鬼を照らす ‐嫌われていたはずの相棒に結婚を迫られています‐ @kuronagareno
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