第64話 父と息子の決着-side灯屋-9
更に数か月が過ぎて春になると、現場組に待望の新人が現れた。
明るめの茶髪で、キラキラとした瞳と八重歯が特徴的な可愛い顔の青年だ。朝礼で挨拶を促すと、堂々とした足取りで前に出る。
「中鬼、上鬼担当の
俺も幽雅さんもその言葉にギョッとした。この新人、ハキハキとした声でなんか凄い事を言い出したぞ。
安全が保障され、表に出られるようになった幽雅さんは、その美貌を武器にメディアに顔を出すようになった。
それに伴って俺との婚約が大々的に発表され、法改正がそろそろ本格的に動くと会長から聞いている。
まさかその前に幽雅さんをかすめ取ろうとする輩が現れるとは思わなかった。
「米陀さん……それって俺への宣戦布告ですか?」
俺がそう聞くと、米陀さんは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「はい! 灯屋さんと結婚してしまう前に、幽雅さんに相応しい男になります!」
「いや……私は言うほど格好良くも冷静でも強くもないぞ」
幽雅さんがそう言うと、社員も皆ウンウンと頷いた。
事実として幽雅さんは今も変わらずオバケが怖いし、いつも現場で震えて腰を抜かしている。
現場でしか見られない幽雅さんだから、知らないのは仕方無いのだが。
しかし、米陀さんは熱弁を振るう。
「何をおっしゃるんですか!! 幽特内での格闘技大会で優勝した時の姿に感激しました!! 灯屋さんなんて参加すらしていなかったでしょう?」
「そうですね」
「俺は四位でした!!」
「へぇ……それは凄い!」
素直に感嘆の声が出てしまった。有望な新人で喜ばしい。
俺は相変わらず人を攻撃できないままだ。
暴力は今でも怖い。
どんな些細な事であっても、また自らの血に潜む悪鬼を呼び起こしてしまうかもしれない。
血と言っても、血液という意味ではなく縁の話だ。
縁を切るのに一番良いのは、俺が灯屋という姓を捨てる事なのだがそれはできない。
ヤマという悪鬼と俺はアカリという名で繋がっている。
そのため、俺は灯屋を変える事ができないと大和が教えてくれた。
大和には何度も謝られたが、俺も幽雅さんも気にしていない。
特鬼の呪いとも言える繋がりのお陰で、誰の反対もなく夫婦別姓がこの国でも認められたのだから。
今は完全に消滅しているように見えても、特殊悪鬼である正義は俺の感情の揺らぎによってまた生まれるだろう。
だから可能な限り、アイツを思い出すような行動は避けたい。
それが無くても、俺は人を傷付けるのが単純に恐ろしいのだ。
米陀さんは、本気で俺と幽雅さんを超えるオールラウンダーな期待の新人かもしれない。
まだ彼の過去のデータが揃っていなかったため、俺は訊ねた。
「米陀さん、悪鬼退治の経験は?」
「三人組の訓練でなら上鬼二回、中鬼三回の合計五回です!」
訓練で上鬼を任されるならば実力は申し分無さそうだ。
「なら、今日の俺と幽雅さんの現場に同行しますか?」
「えっ、いいんですか!?」
「はい。俺達の事は……百聞は一見に如かずなので。幽雅さんもそれで良いでしょうか?」
「構わん。現実は早めに知った方が良いからな」
米陀さんは幽雅さんの言葉が自分の実力に向けられたものだと思ったらしく、少し不機嫌そうだ。
俺は慌ててフォローする。
「米陀さんの実力は誰も疑っていませんよ。むしろ俺達を知って欲しいだけで……」
「準備してきます!」
フンッと鼻を鳴らして米陀さんは装備を整えに行ってしまった。
なかなか気が強そうだが、そういう所も含めて可愛いと思う。後輩ができて俺は単純に嬉しかった。
微笑ましく米陀さんの背中を眺めていると、幽雅さんが小さな箱を持って俺の前に来た。
「さて、私達も準備しようか」
「そうですね」
現場へ向かう前の準備にほんの少し変化が起きた。
もう身代わりの呪いをかけなくなった代わりに、御守りとして互いの薬指に指輪をはめ合うようになった。
指輪は霊力の膜を張れ、防御力が上がる優れものだ。会長や社員全体を含めた幽特からの贈り物である。
現場出動の度に結婚式をしているみたいで気に入っている。
指輪交換を終えていつもの車に向かう時、幽雅さんは楽しそうに肩を揺らした。
「現場終わりには米陀君が善助派になっている方に私は賭けるぞ」
その後、幽雅さんの言葉は見事に的中した。
悪鬼の気配を感じるやいなや震えだした幽雅さんに米陀さんは驚き、動けなくなって俺に抱えられている幽雅さんを見てドン引きしていた。
逆にイキイキと悪鬼を屠る俺の姿に感動したらしく、完全に俺を見る目が変わっていた。
ほとんど俺一人で現場を片付け、現場の事後処理見学と報告書提出を米陀さんに命じると瞳を輝かせて「はいっ!!」と元気な返事をくれた。
幽雅さんは俺の肩を叩き、ドヤ顔で「ほらな」と言ってふんぞり返った。
自分の株がガタ落ちした事をもう少し気にしても良いと思う。
他の社員が到着すると米陀さんを残し、俺と幽雅さんはいつものように二人で車に乗り込んだ。
「今日も無傷でしたよ」
「当然だ。まだ君と心中する気はないからな」
「そうですね。目指せ老衰」
俺も幽雅さんも弱点は残ったままだ。何かが大きく改善された訳ではない。
それでも、最高の
指に光る指輪が本物になるまであと少しだ。
<本編完>
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