第68話 恋は人を愚かにするのか、それとも


 (確かに、証拠はない。じゃが、何としても……)


 イザベルはどうしても、アザレアに謝らせたかった。だが、ジュリアとメイルードは──。


「そうですね。私はお茶会に誘うように頼まれただけです」

「私も、困っていると伺っただけですね」


 アザレアに同意してしまった。そのことで、アザレアは勝ち誇ったような顔をしてイザベルを見た。

 けれど、二人の話はそこで終わりではない。


「私たちのことは脅されていたとはいえ、明確な発言もなく、勝手にやったこととなっても仕方がありませんわ」

「ですが、イザベル様への非礼はお詫びしてください」


 ((お詫びしたところで、どうにもならないでしょうけど))


 そう、既にアザレアの未来は閉ざされていた。イザベルを末席に座らせ、偽者にせものだと言い、さげすんだ。それは、お茶会に参加していたアザレアの取り巻きである令嬢達とその家も同様だ。

 例え、イザベルの中身が本物ではなくても、公爵家からイザベルとして来た時点で丁重ていちょうにもてなさなければならなかった。


 そんなこと分かっているはずのアザレアが、何故このような暴挙ぼうきょに出たのか。

 恋とは人をこんなにも愚かにするものなのだろうか。それとも、何か別の理由があるのか。


 どちらにせよ、謝ったところでもう遅い。謝らないよりは良いはずだが。



「私、謝りませんわよ。おかしな面を着けてきた無礼者にしかるべき対応をしたまでですもの。

 それに、こうなるって分かってらしたのよね? 私をめるために、お茶会に招待されたのでしょう?」

「……アザレアさんが何もしなければ、私から特に何もするつもりはありませんでしたわ。後でこっそり、リリー達に謝ってもらおうとは思ってましたけど」


 最初から何もないはずがないと分かっていた。けれど、もしも何もなければ、謝罪と賠償で終わらせてもいいかもしれない……とすらイザベルは思っていた。

 これから先、リリアンヌやジュリア、メイルードに手を出さず、新たな犠牲者が出ないのであれば、ではあるが。


 (われの考えが甘かった。アザレアは駄目じゃ。ミルミッド侯爵家には罪を償って消えてもらう)



「ジュリアさん、メイルードさん、必ず後でには謝罪をさせるわ。

 悪いけれど、今は先に帰って貰えるかしら。二人きりでじっくりと話がしたいのよ」

「「イザベル様!?」」


 ここはミルミッド侯爵家だ。二人きりは危険だとジュリアとメイルードが止めようとすれば、イザベルは言葉を重ねた。


「アザレア、場所を移るわ。近くのレストランの一室を借りてあるから移動するわよ」


 有無を言わさない雰囲気に、アザレアは鼻で笑う。


「ここじゃあ、怖いってことかしら?」

「敵の陣地に一人で残るなんて、馬鹿のすることよ。それとも、怖くて付いてこれないのかしら? パパのお膝元じゃないと何もできないのであれば仕方ありませんわね」


 イザベルの挑発に視線を鋭くしたアザレアが動くのを確認し、イザベルはオカメの面を着ける。そして、一通の手紙をジュリアへと預けた。



「さぁ、参りましょうか」


 ルイスには内緒で用意させたマッカート公爵家のお忍び用の馬車へと向かう。二人きりで話をするために。だが、イザベルは足を止めた。


「あれは、うちのではありませんわ」

「えっ?」


 イザベルとアザレアの前に黒い影が複数落ちた。




 

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