第67話 砂上の楼閣


 まるで、時が止まったかのように静まり返る。


 いつもオカメを被っているが、イザベルは絶世の美女なのだ。

 真っ白なキメの細かい美しい肌に、輝くような金の髪。翡翠ひすい色の瞳、けぶるように長い睫毛まつげ。赤い唇は魅惑的だ。

 ルイスはイザベルを女神よりも美しいと言う。それはルイスが盲目的にイザベルを愛しているからなのだが、事実なのである。

 もちろん、ルイスはイザベルが本当にオカメ顔でも同じ事を言っただろうが。



 入学から2年と少し経った今、皆の記憶よりも大人になったイザベルは、やはり美しかった。幼さを残していた顔は大人びて、化粧も薄くなったせいか少しキツい印象もない。

 もともと美しかった花は、更に美しくなった。アザレアですら、時を忘れて見惚みほれてしまうほどに。


「オカメさん、イザベル様だったんだ」


 静寂のなかで呟かれたメイルードの声は、よく響いた。その呟きで我に返った令嬢達はざわめきだす。



 誰もオカメの下が本当にイザベルだなんて思わなかった。姿と髪色が似た別人をマッカート公爵家が面をつけて学園へと通わせているのだと。


 オカメを着けたイザベルにどう接したのか、イザベルと親しくしているリリアンヌに何をしたのか、どうすれば自身を守れるのか……。アザレアについていたほとんどの令嬢が青ざめるなか、誰かが言った。


「私、用事を思い出しましたの。申し訳ありませんが、失礼しますわ」


 それを皮切りに、次から次へとお茶会を去っていく。アザレアとは無関係だと言うように。中には、アザレアの止める声に申し訳なさそうな表情を作る者もいたが、それも多くはない。

 皆一様なのは、イザベルには深く頭を下げて行くということ。


 そうして、残されたのはイザベル、アザレア、ジュリア、メイルード、そしてアザレアの取り巻きのローレル、アイリーン、レバンテだけとなった。



 ルイスの息がかかった令嬢が一言発しただけで、一人が立ち去っただけで、お茶会は驚くほど呆気あっけなく瓦解がかいしたのであった。



 (人を集めたが、維持できなかったか。まさに、砂上さじょう楼閣ろうかくじゃな)


 憐れみの視線をイザベルはアザレアへと投げる。だが、アザレアはそれを睨み返した。



「ローレルさん、アイリーンさん、レバンテさん。貴女方も帰ってよくってよ」


 その言葉に3人は視線をさまよわせた後、無言で立ち去った。アザレアのところには誰もいない。その姿にイザベルは過去の自分を見た気がした。全てがルイスだけだった頃の、自分を。



「イザベル様は、これで満足かしら? 正体を明かして、私に恥をかかせて……。これでもう、社交界のトップになれる日は一生来ないわ。とても滑稽こっけいに見えたのでしょう? 楽しかったかしら。

 ジュリアさんもマリンさんも、どうせ心の中で私を笑っていたのでしょうね」


 敵意を含んだ視線にジュリアとメイルードは首を大きく横に振る。けれど、アザレアは視線を鋭くするだけだ。

 その視線を浴びてもイザベルだけはいつもと変わらない。口元は笑んでおり、余裕を感じる表情でアザレアを見据える。



「ジュリアさんとメイルードさんに謝罪を要求しますわ。当然、リリーにもでしてよ」


 凛とした声でイザベルは言う。オカメを外しても自分の味方でいた二人に、イザベルは勇気付けられていた。

 今のイザベルに怖いものはない。


「「イザベル様……」」


 そんなイザベルにジュリアとメイルードは感激し、アザレアはつまらないものを見るような表情をした。


「私から何かをするようになど、言ったこともありませんわ。なぜ、謝罪をしなくてはならないのかしら」


 確かに、アザレアは言及げんきゅうしたことはない。イザベルに対しては色々とやってしまったが、それまでは言質げんちを取られるようなことはしていないのである。


 


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