第66話 一人ではない強さ
(
何もしなくても
(あとは、やるだけじゃ。大丈夫、大丈夫じゃ。われは、できる。大丈夫──)
自身を懸命に励ますが、決心したはずなのに、手が震えて上手く動かない。どうにか触れたそれは、いつもより冷たく感じる。
その行動を勘違いしたのだろう。アザレアは吹き出して笑いだした。
「皆さん、ご覧になって! 懸命に面を押さえてますわよ。
なんて、
その笑い声につられて、くすくすと笑う者、大声で笑う者、様々だ。
ルイスから味方がいると聞いていなければ、イザベルはジュリアとメイルードを除いた皆が本気で笑っているのだと思っただろう。
味方はいる。そう分かっていても、イザベルは自然と下を向いてしまった。すると、ドレスが瞳に映る。
(ルイス様──)
濃い藤色にルイスが思い浮かんだ。このドレスは、素顔でもオカメでも変わらずに愛を
イザベルは、今だって婚約解消を願っている。それでも、励まされてしまった。勇気をもらってしまった。心強さを感じてしまった。
(怖い。……見られるのが怖い。じゃが、それで失うものはない。大切な者は離れてなどいかぬ)
イザベルはオカメの下で瞳を閉じる。
リリアンヌ、ミーア、ローゼン、シュナイ、ヒューラック、メイス、カミン、メイルード、ジュリア。
皆の顔を順々に思い出し、最後にもう一度ルイスの顔を脳内で描く。
(ルイス様。大切な人が、大切にしてくれる人が、たくさんできました)
その心の声は今の彼女のものか、はたまた悪役令嬢と呼ばれた頃の彼女のものなのか──。
震えは止まらないが、動くようになった指先に力を込めた。明るくなった視界に
このために、苦手な鏡を見て練習をしてきたのだ。口角を意識的に上げて、気持ちを悟られないように、少しでも自信があるように見えるようにと。
「私が偽物……でしたっけ。ねぇ、アザレアさん?」
大切にテーブルに置いた後、閉じた扇子でパシッと手を打って音を出しながらイザベルは言った。だが、アザレアからの返事はない。
(……やはり、鬼のような見目じゃ。声も出ぬほどか。じゃが、これが今のわれなのじゃ)
目を見開き、口を半開きにするというご令嬢としては残念な表情をするアザレアに、イザベルの心は痛みを訴えてくる。
だが、イザベルはその痛みを受け入れた。
マッカート公爵家の中、という守られた環境ではない。ルイスやリリアンヌ、ミーアの支えもない。
それでも、オカメを外して真っ直ぐに、イザベルはアザレアを見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます