第50話 恋愛特攻勢



「どういうことですか!?」

「こういうことだ」

「どうしてっっ!! 私のことなのに」

「だからだ」


 馬車乗り場につき、そっと降ろされたリリアンヌはローゼンを睨み付けた。


「ローゼン様、それじゃあ意味が分かりません。どうして!!」

「既に理由は話した。馬車はどれだ?」

「私の話、聞いてます!?」

「続きは馬車で聞く」


「馬車なんていう素敵なものはありません。徒歩通学です」

「……は?」


 たっぷり間をおいてから聞き返されたことでリリアンヌは恥ずかしくなったが、恥ずかしがろうと答えは変わらない。


「我が家には馬車なんて良いものはありません。なので、歩いて通っています」

「そうか。悪かった」


 その謝罪にリリアンヌは諦めた。


「ローゼン様、見送って頂きありがとうございました。それでは、良い休暇をお過ごし下さい。ごきげんよう!!」


 せめてもの意趣いしゅ返しに嫌みを込めて一息に言い、リリアンヌは踵を返す。


 身分が低いから危険だと話にも入れない。貧乏だから馬車もない。自分が惨めでリリアンヌは泣いてしまいたかった。


 (わかってる。私に危険がないようにしてくれてるって。心配してくれているって。それでも、除け者にされるのは悲しい)


 後ろからローゼンが付いてくる気配を感じて、リリアンヌは足を早め、遂には走り出した。



「俺が悪かった。逃げないでくれ。こっちを見てくれないか」

「………………」


 (ローゼンのことを見たら、きっと泣いてしまう。そんな面倒くさい女になんてなりたくない。

 あぁ……、既に面倒くさい女か。だって、追いかけさせてるんだもの。ローゼンなら追いかけてくれるって分かっててこんなことしてる)


 自身の浅ましさに嘲笑ちょうしょうが漏れた。どうにか意地で笑みを張り付ける。

 その表情はいびつで、まるで今の不安定なリリアンヌの心のようだ。


「こんな時でも、貴女は笑うのか……」


 その言葉をリリアンヌは聞こえない振りをした。どう答えれば良いのか分からなかったから。



「ローゼン様、急いでいるので離してもらえませんか?」


 とにかく気持ちを落ち着けるためにも、リリアンヌはローゼンから離れようと思った。

 幸い、明日は土曜日で休みだ。今、離れられれば、確実に休暇後までにはいつも通りの態度が取れる自信があった。だが──。


「急いでいるのに、呼び止めて悪かった。送ろう」


 ローゼンは、当たり前のようにリリアンヌの手を取ったまま歩き出す。


 (これじゃあ、まるで恋人みたいじゃん。……逃げないようにって分かってるけどさぁ)


リリアンヌの心臓は忙しかった。




 リリアンヌとローゼンの出会いは入学パーティー。あの頃のリリアンヌは、ルイスを攻略しようとしていた。

 いつもルイスの護衛で側にいるローゼンは好みのタイプではないため、ルイスを攻略したついでに攻略できればいいかな……くらいにしか思っていなかった。


 だが、リリアンヌはローゼンの自分を見る目が誰よりも優しいことに、ある時、気が付いた。他の攻略キャラと同じで熱もこもっていたが、ローゼンのだけはリリアンヌにとって少し違かったのである。


 (他のキャラ達は、私がそれぞれの好みに合わせて行動したから、私を好きになった。だから、みんなが愛したのはリリアンヌであって、リリアンヌ梨理じゃない。

 笑顔で武装していない私の本性を知ったら、どうせみんな離れていく。でも、ローゼンならもしかして……)


 自分でそう演じてきたにも関わらず、リリアンヌは梨理である自分を見てもらえないことに苦しさを感じることがあった。


 そんななか、アプローチをしていなかったローゼンからの視線にリリアンヌは期待したのである。


 (ローゼンなら、私を見てくれる?)


 けれど、自身を出すのが怖いリリアンヌは本音を隠し続けた。イザベルと仲良くなるまでは。

 

 そして、イザベルと親しくなれば、ローゼンとも急接近することとなった。

 ルイスがイザベルと二人きりになろうと画策すれば、ローゼンとリリアンヌも自然と二人きりになることが増える。


 普段は多くを語ることはないローゼンだが、二人きりになればそれなりに話した。リリアンヌが話してローゼンが聞き役なことも多いが、自身のことも少しは話してくれるようになった。


 気が付いたら優しかったローゼンの瞳は今も変わらない。自身を見てくれるかもと期待はしていたが、これと言った恋に落ちたという瞬間もない。

 知らず知らずのうちに想いが芽吹き、育まれてきたのだ。



 (ローゼン様とは、本性を出すまであまり話したこともなかったから、素の私を受け入れてくれてる……と思いたい。

 何より、手を繋ぐのは私だけであって欲しい)


 こんなに好きだったのか……とリリアンヌは自覚した。そして、自覚してしまえば早い。


 元々の梨理は恋愛特攻勢。大好きだと思う相手にしかアプローチもしないし、彼女持ちにもフリーになるまでは狙うものの手は出さない。

 だが、そうでなければ──。



「ローゼン様って、恋人や婚約者はいるんですか?」


 手を強く握り返して、リリアンヌは足を止めた。


 共に過ごす時間は増えても、今まで一度も聞かれたことなどなかった問いに、ローゼンは探るようにリリアンヌを見た。


「いや、そういう方はいない」

「じゃあ、好きな人は?」


 直球勝負のリリアンヌの言葉にローゼンは目を瞬かせ、耳を赤く染めた。


「お慕いしている方はいる」


 (それって、私の可能性もゼロじゃないよね? だって、耳が赤くなったり、今だって手を繋いでるもの。

 いい、リリアンヌ。女は度胸よ。前世では逆プロポーズだってあったくらいだもん。自分の幸せは自分で掴むのよ!!)



「ローゼン様!!」

「なんだ?」

「ローゼン様!!」

「どうした?」

「ローゼン様ぁ!!」

「真っ赤だし様子が変だぞ? やはり早く帰った方が──」


 気合いは十分なのに、名前を呼ぶだけで息が苦しい。けれど、これを逃したら言えなくなることをリリアンヌは知っていた。

 なので、手を引いたローゼンに対して、首を振る。行きたくないのだと態度で示す。


 そして、自身を落ち着かせるために大きく息を吸い、意識的に長くゆっくりと吐き出した。



「ローゼン様」


 少し震えてしまったが、落ち着いた声が出せたことにリリアンヌは安堵の息をもらす。

 しっかりとローゼンの瞳を見て、少しでも自分の気持ちが伝わるように願いを込めて。



「私、ローゼン様のことが好きなんです」



 ハッキリと伝えたはずなのに、ローゼンからは返答も反応もない。


 ローゼンは、リリアンヌを見たまま固まっていた。そのまま数分が経ち、さすがにおかしいとリリアンヌは大きく息を吸った。


「ローゼン様のことを、お慕いしてます。恋人にしてくれませんか?」


 (あれ……ね。好きだけだったのが悪かったんだわ。どうなりたいのか、希望も言わないと駄目よね)


 リリアンヌは反省も含めて言い直したにも関わらず、ローゼンは未だに動かない。


 (これは、どういう反応だと思えばいいの?)


 こんな反応をされたのは前世を含めても初めてで、今世に至っては初告白である。待つべきか否か……リリアンヌの答えは『否』だ。



「ダメって言わなきゃ抱きついちゃいますからね! もう、ぎゅうぎゅうに抱きついちゃいますよー」


と宣言すると、止める間もなく抱き付いた。


 (断られるかもしれないなら、思い出だけでももらっとこう!

 はぁ、好みじゃないって思ってたけど、今はローゼンだけだよー。

 何でこんなにハマっちゃったんだか。もう、自分でビックリするくらい好き!! 大好き!!)


 ぎゅうぎゅうと抱き付いて、すりすりして、街中なのも気にせずにリリアンヌは堪能した。最後のチャンスかもしれないから。


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