第49話 高笑い、それは悪役令嬢モード


 イザベルに連れられてサロンへとやって来たメイルードに、既に集まっていたルイスを除くメンバーは目を瞬かせた。


「ベルリン、その方は?」


 リリアンヌは、知らない振りをして尋ねた。面識はなく、メイルードは目立たない生徒だ。知っている方が違和感があるだろうという判断だったのだが、メイルードは僅かに肩を震わせた。そして──。


「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ──」


 ゴッゴッゴッゴッゴッ……!!


 床に手をついたかと思うと、激しく額を床にぶつけながら謝罪を始めた。


 (えっ!? なになになになに何なのよ!? 新たな変人の登場なの? 怖い怖い怖いこわい……)


 後退あとずさるリリアンヌの前にローゼンがメイルードから隠すように立つ。ルイスには危険性がないと判断しての行動であったが、その後ろ姿にリリアンヌは安心感を覚えた。


 (うぅ……、頼もしい。しかも、こんなのかっこいいに決まってるじゃない。これは、あれよ! 吊り橋効果ってやつだから。ときめいてなんてないから。だって、ローゼンは私を一番にはしてくれないもの。

 どうせ、何があってもルイス最優先なんだから。私にはヒューとメイスとカミンがいるし……)


 自分の気持ちを認めたくはないものの、額を打ち付けながら謝るメイルードが怖くて、リリアンヌはローゼンの背中に隠れたまま叫んだ。


「話は聞くから、止まって!! そんな謝り方じゃ、一生許さないから!!」


 その言葉にメイルードはピタリと止まり、リリアンヌを見た。額からは血が流れている。


「うわっ! 血が出てるよ! 大丈夫?」


 リリアンヌは慣れた手付きでポケットからハンカチを取り出すと傷口に当てた。


「話は手当てが終わってから聞くから、医務室に行こう?」

「リリアンヌさん、救急セットならありますから。私がやりますよ。神殿では怪我人の手当てもしています。安心して任せてください」


 シュナイがメイルードの手当てをしている間にイザベルはリラックス効果のあるハーブティーを入れた。


「ベルリン。これ、ラベンダー?」

「そうよ。ラベンダーは気持ちを落ち着けたり、不安を和らげたりしてくれるわ。よくミーアが入れてくれるの」

「へぇ。香水とかポプリのイメージが強かったけど、ハーブティーもあるんだ」


 楽しそうに話すイザベルとリリアンヌを、メイルードはじっと見詰めた。



うらやましいですか?」


 シュナイの声にメイルードは苦笑をもらした後、ゆるりと首を振る。


「私にはその資格はありませんから」

「そうでしょうか。それは、リリアンヌさんとお話をされてから決めても良いのではありませんか?

 さぁ、手当てが終わりましたよ」


 メイルードの額にはガーゼが貼られている。それを触って確認したメイルードは深々と頭を下げて丁寧にお礼を言った。

 その姿にリリアンヌは、実行犯であるメイルードもやっぱり被害者なのだと確信した。



 メイルードとリリアンヌは向かい合うように猫足のソファーへと腰を掛けると、メイルードはリリアンヌに深く頭を下げた。


「マリン・メイルードと申します。フォーカスさんの制服をペンキで汚したのは私です。

 大変、申し訳ありませんでした」


 言い訳をすることなく、謝罪をしたメイルードにリリアンヌからの好感度は急上昇した。それとともにミルミッドへの憎しみがつのる。


「メイルードさん、謝罪はいりません。その代わり、協力してください」


 リリアンヌのその一言が反逆の狼煙のろしとなった。



 そこからは、メイルードに事情を聞きながら方向性を決めていった。イザベルのお願いであるメイルード男爵領の財政改革もルイスとヒューラック、シュナイの案を元にさくさく決まる。


「イザベル。ミルミッド侯爵家は取り潰そうと思うんだが、どう思う?」

「侯爵様がどのような方か存じ上げませんので、お答えすることが難しいですわ」

「アザレア・ミルミッドをより狡猾こうかつに欲深くした男だ」


 ルイスの言葉にイザベルは一つ頷くとオカメの下で笑みを深めた。


「それは……お取り潰しでもよろしいかと」


 穏やかなイメージのイザベルが取り潰しに賛成したことが信じられず、リリアンヌは息を呑んだ。だが、イザベルの言葉にはまだ続きがあった。


「それとは別に、私、きちんとミルミッドさんには報復をしたいですわ。私のお友だちに手を出して、無事で済ませるわけには参りませんもの。

 おーほほほほほほ……」


 (出たー!! 高笑い!! こういう時のベルリンは悪役令嬢モードだから止めないと)


 リリアンヌが報復などいらないと、自分でやると言う前にローゼンから口を塞がれた。


「貴女は今回は見学だ。権力のない者が表に立つなど危険でしかない。家族まで狙われる」


 耳元でささやかれた言葉に両親と弟のことが頭をよぎったリリアンヌは固まった。それでも、イザベルを危険に晒すわけにはいかないと声を出そうとした時──。


「ゼン、フォーカス嬢を送ってやれ。退場だ」


 ルイスの指示で強制的にサロンから追い出されてしまった。普段なら助けてくれるイザベルも小さく手を振るのみで、リリアンヌはローゼンに抱っこをされて、どんどんサロンが遠くなり、馬車乗り場まで下ろしてもらえなかった。




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