第35話 ヒロインな私


 ルイスとイザベルが校舎へと向かう後ろ姿にリリアンヌは憂いを帯びた表情を作った。

 だが、表情とは裏腹にリリアンヌの心の中は大荒れだった。


 (何で? どうなってるの? 私がヒロインなのに、ルイスはイザベルなんかがいいわけ?

 だって、ここはキミコイでしょ!?)





 『君に恋するイケメン貴公子』略して『キミコイ』はリリアンヌの前世である梨理リリがプレイしていた乙女ゲームアプリだ。


 梨理は日本で生まれ育った、リア充と呼ばれる類いの女子高生であった。


 特別、乙女ゲームが好きなわけではなかったが、彼氏の妹に熱烈なキミコイ勧誘を受けてやっていた。



 キミコイの内容は貴族の学園へと入学した爵位の低い令嬢が、その天真爛漫てんしんらんまんな性格でイケメンを攻略していくものだった。



 ゲームをやった梨理の感想は、結婚しようとかは言われたことないけど、好きとか、ずっと一緒にいたいとか、そんなん彼氏に言ってもらえばよくない? であった。


 だから、そんなに熱心にプレイをしていたわけじゃない。ただ、彼氏の妹のめぐむ偶々たまたま気が合い、毎日ではないけれど暇があれば……といった感じで、何となく恵の好きなものを知りたい気持ちでやっていただけだ。



 彼氏のじゅんとは別れたが、恵との友人関係は続いた。

 それを巡は、梨理が自分のことを好きなのに素直に言えないから、妹と未だに会っているのだと思い込んだ。

 そして、梨理に新しい彼氏ができたと知った時、ストーカーと化した。


 ストーカーになった巡はとにかくしつこく、梨理は必死に逃げている途中にトラックに跳ねられて死んでしまったのだ。



 そうして、前世の記憶を持ったままキミコイの世界に似た、ここファビリアス帝国へと転生したのである。


 リリアンヌとして生を受けた梨理だが、最初はキミコイの世界であるとは気が付いていなかった。


 中性ヨーロッパのような建造物なのに、普通に冷蔵庫やオーブン、エアコン、水洗トイレがある。それなのに、携帯もテレビもラジオすらもない。


 貴族女性は出掛けるのにコルセットを着けてドレスを着るのに、何故か学園はコルセットもなく前世のような制服がある。


 (変な世界に転生したものよね。昔のヨーロッパと現代日本をぐちゃぐちゃに混ぜたみたい……)


 そんな風に思っていた梨理が、ここがキミコイであると気が付いたのは、入学パーティーのためにドレスをレンタルしようとした時だ。


 何件回っても、何故か赤いドレスしかない。不思議に思って理由を聞けば、マッカート公爵家のイザベル様が出席されるパーティーでは赤いドレスを着ていくと二度と社交界へは戻れなくなる……というのだ。


 それならば、赤いドレスを扱わなければ良いとリリアンヌは思ったが、レンタルに来るのは貴族だけではない。

 成人する時に行う式典では、平民もドレスを着る。赤いドレスが平民には人気なのだそう。

 因みに、貴族と平民は式典を別に行うため、赤いドレスを選んだところで何ら問題はないらしい。



 (何だか、成人式みたい。


 あれ? ……マッカート公爵家? イザベル様?

 ……確か皇太子ってルイス様よね。


 そのお二人が婚約者で、イザベル様はわがままで傲慢って噂……)



 今まで違和感を感じていたものの点と点が結ばれた。



「もしかして、キミコイ?」



 キミコイの世界だと思えば、何だか全てがストンと梨理の中に落ちた。



 (それなら、私のドレスは赤で決まりね。多分、最初のイベントは赤いドレスじゃないと起きないはず)


 何となくやっていたゲームだが、最初のイベントは全てのルートで起きるため、よく覚えていた。



 (問題は誰を攻略するかよね。

 ルートは、皇太子と宰相の子息と……誰だっけ? 騎士団長の息子もいたような……。

 あとは、偉い人の養子もいた気がする。


 隠しキャラもいるとか恵は言ってたけど、覚えてないなぁ。

 まぁ、隠しキャラは攻略も難しいだろうし、無理かな。


 結局、攻略対象って全部で何人いるんだろ?ハーレムエンドもあるらしいから、ハーレムも一応狙うべき?)



 誰を攻略するのが良いかを悩みながらも、リリアンヌはどうせ汚されるからと一番安い赤いドレスをレンタルした。


 

 (パーティーが始まってすぐにイザベルからジュースをかけられるのに、高いお金を出して借りるなんて勿体ないものね。

 何より、フォーカス家うちってそんなにお金ないし)



 リリアンヌの生家であるフォーカス家は子爵という爵位はあるものの、領地を持たない無領地貴族である。

 官職であるフォーカス子爵の俸給で生活をしており、貧乏ではないものの高価なドレスを買えるほど裕福ではない。


 だからリリアンヌは貴族ではあるが、家には通いのメイドが一人いるだけで、その生活は裕福な商家の平民よりも余程平民らしい生活をしていた。



 (前世の記憶があるだけの女子高生が何かを生み出せるほど世の中は甘くない。だから、貴族への転生ってだけでラッキーって思ってたけど、簡単に愛されて、お金持ちになれるなら、当然なるよね!!

 だって、ここは乙女ゲームの世界で、私はヒロインなんだもん)


 乙女ゲームの記憶は曖昧なため、結局、リリアンヌは攻略対象を絞ることはやめた。それっぽい人物のなかで、一番自分を愛してくれる人を選べば良いと。


 (もちろん、メイン攻略の皇太子は狙うけどね。后妃とか憧れるもん。

 悪役令嬢の顔は覚えてるから、いじめられてイケメンに助けてもらえばいいんでしょ?

 あとは、勉強とかマナーも頑張っておこう。お金持ちになると、子爵家のマナーくらいじゃ足りないはず。


 私の未来って、すっごく明るいじゃん!!)

 

 一番安かった赤いドレスを抱えるリリアンヌの足取りは軽かった。



 だが、実際に学園に入学してみれば、皇太子のルイスはイザベルにべったり。好みとかは関係なく、リリアンヌはイザベルからルイスを奪い取りたくて仕方がなかった。


 『ヒロインが悪役令嬢なんかに負けるなんておかしい』ただそれだけの理由で──。






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