第12話 イザベル、ルイスと会う


「ルイス皇太子殿下、お待たせして申し訳ございません」


 そう言いながら美しい礼をしたイザベルに、ルイスは息を呑む。


 空色のルームドレスは上品だがピッタリとしたデザインのため、スタイルの良いイザベルが着ると大きめの胸や細い腰が強調されている。

 珍しくゆるく結われた髪は色っぽく、いつも自信に満ちた翡翠ひすいの瞳はどこか不安げだ。



 完璧な礼儀作法を披露したイザベルだが、公式の場を除き、きちんとした挨拶をしたことなど一度もない。

 本人がやる必要性を微塵も感じてないのが原因である。


 礼節も含め、普段から悪行ばかりが目につくイザベルだが、努力家な一面も持ち合わせている。貴族令嬢としての所作、ダンスは完璧。王妃教育も「ルイス様と結ばれるためなら!」と真面目にこなす。

 他の令嬢を目の敵にし、身分で見下すことを除けば、皇太子の婚約者として申し分ない実力を持つ。



 今まで「ルイス様。どうしてもっと早く来てくれなかったの? 私、寂しかった!」などと言いながら抱きついていたのが異常なのだ。


 しかし、イザベルを愛するルイスとしては不満しかない。

 そして、なかなか来なかったことに対して珍しくイザベルが怒っているのだとルイスは結論付けた。



「イザベル、遅くなって悪かった。怒っているんだろ?」

「いいえ。私が殿下を怒るだなんて滅相もございませんわ」


 扇で口元を隠しながら優雅に言うイザベルにルイスは困惑した。だが、すぐにイザベルの異変に気が付いた彼は笑みを深めた。


 (俺がつけた印が濃くなっている。思い出したか)


 ルイスは優しくイザベルの左手を取りソファーへと座らせ、薬指の指先へと口付けた。



 前世でのイザベル……小夜は一見大人しい印象を与える姫だった。美しく、聡明で、華美なものを好まず、自身の立場を理解し、何度理不尽な目におうとも決して許嫁を責めることはしなかった。

 自身の中にしっかりとした芯のある強さを持っていた。


 今のイザベルとは真逆の女性だった小夜の記憶がよみがえったのだとすれば、今のイザベルの姿にも納得がいった。



 (折角、俺がいなければ駄目になるように育てたんだけどな。

 でもまぁ、本来の姿はこうだもんな)



 指先に口付けられたイザベルは真っ赤になり固まっていた。その姿が可愛くて、ルイスはイザベルの頭を優しく撫でる。

 すると、イザベルはまだ赤くなれたのかと感心するほど、真っ赤に染まった。



 (昔も小夜にこうやって触れたいと思っていたが、今になって叶うとは)



 イザベルが無抵抗なことを良いことに、前世でつけた自身の印がある菊が描かれた爪をルイスは愛しげに撫でる。

 その印はルイスにしか見えないが、それはルイスにとってイザベルとを結ぶ大切なもの。



 (絶対に逃さない。小夜……)



 ルイスは印を見詰めて瞳を細めた。




 

 

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