第3話 イザベル、絶叫する


 イザベルは階段から落ちて意識を無くしたものの、奇跡的にそのことによる外傷はなかった。


 だが、イザベルは静かに眠り続けた。その間、毎日イザベルのもとにはルイスが見舞いに訪れていた。


 そして、今日もイザベルの好きな深紅の薔薇バラの花束を持ってきたルイスは、花束をメイドへと預けると、まるで繊細せんさいなガラス細工を手にするかのようにイザベルの手を握った。


「イザベル……」


 小さく呟いた声には後悔が滲んでいる。


「目を開けてくれ……」


 イザベルが意識を失ってから五日。ルイスには全てが色せて見えた。


「俺は君を守れなかった」


 (俺と他の令嬢が話しているのをみて嫉妬する姿が見たかったんだ。その後で俺にはイザベルしかいないと告げて、デロデロに甘やかしたいと……。

 自分本位で傷つけて、その結果がこれだ)


「すまない。それでも愛しているんだ」


 ルイスはイザベルの額に口づけを落とすと、名残惜なごりおし気にイザベルの真っ白い手を離した。


「また明日くる」


 そう言って、ルイスは部屋を出た。ルイスがイザベルの部屋にいられたのはたったの十分ほど。皇太子の彼は多忙で、本来であれば毎日来ることなど不可能だ。

 それでも、イザベルが心配で、会いたくて。只でさえ短い睡眠時間を削って来ていた。



 そんなルイスの想いなど全く知らないイザベルは、ルイスが部屋を出た途端にカッッと目を見開いた。


(今、今、今! いったい何が起きたのじゃ!! われの額に接吻せっぷんをしたのか? なぜ? 何のために!?)


 実はイザベル、ルイスが額にキスを落としたところで丁度、目が覚めていた。

 本来のイザベルであればルイスの愛を感じて感動! というところだが、残念なことに階段から落ちた衝撃で前世の記憶を思い出し、意識は前世の方に引っ張られていた。



「うわぁぁぁぁ!!」


 イザベルは遂には耐えきれずに絶叫した。

 体もがばりと起こしたが、五日間も眠り続けた体は弱っていたようで、目眩めまいですぐにベッドへ沈没する。

 因みに声もガッサガサだったので、本人は絶叫したつもりでも全く響いていなかった。


 ベッドへと倒れたことでフッとイザベルは正気へと戻った。


「どうして、私は生きているのかしら……」

(何故、われは生きているのじゃ……)


 そして、自分の声も話し方もおかしいことに気が付いた。


「どういうことかしら? 魔法?」

(どうなっておるのじゃ? 妖術か?)


 自身の言葉が別の言葉に変換されているかのような不思議な感覚にイザベルは顔をしかめた。


(そもそも、われは呪い殺されたはず。帝も助からぬとおっしゃったほどじゃ。間違いはなかろう。

 ……ということは、他者の体をわれが乗っ取ったか。あるいは、生まれ変わったか)


 前世では呪われ、暗殺を企てられ続けた彼女は冷静に分析をし、二つの可能性のどちらかだろうと結論付けた。


「思った言葉が変換されるなんて便利ね。これなら怪しまれないかもしれないわ」


 何とも有り難い……とイザベルは一人頷いていれば、先程のデコチューが急に頭を過った。


 その瞬間、ボンッと音が出そうなほどに顔が熱を持ち、イザベルは赤く染まった。


 そう。イザベルに転生した彼女は、帝の許嫁にて呪い殺された女性。

 異性との触れ合いの少ない平安の姫であり、呪いや陰謀には慣れっこなくせに、色恋には純粋過ぎるほどの乙女であったのだ。

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