第3話 ちょっと面倒くさいウチの神様

 祭りの夜、イキって未成年飲酒した馬鹿共が、ウチの神社でボヤ騒ぎを起こした。その時、神輿の見張り番をしていた慶次郎は、たった一人で消火活動に当たったわけだが――、まぁ、厳密には一人ではなかった。


 式神達にバケツリレーをさせたのである。


 まずは消防だろ、と誰もが思うところだろうが、まぁ慶次郎だし、それに、人間、パニックになるとやはりまともな判断は出来ないものだ。それでもしっかり消火はしたんだから、まぁその点については褒めてやっても良いのではないだろうか。


 が。


 しこたま怒られた。

 消防の人に、というよりは年寄り連中に、だ。


 危ないから? 


 そうではない。


 式神を出したからだ。

 老害としか言いようのないそいつらは、色んな意味で消耗している慶次郎に向かって言ったのだ。


 なぜ式神に消火させた、と。

 そんなにホイホイと出されれば、出せぬ我々の立つ瀬がないではないか、と。いや、出せるやついんじゃねぇのかよ、お前らの中によぉ。やっぱり老人の戯言かよ。


 棺桶に片足を突っ込んでる腰の曲がった入れ歯爺共じゃなければ、ぶん殴ってた。あれだけさんざん晴明殿の再来と持ち上げといて。これが平安の世だったなら、間違った使い方ではなかったはずだ。誰も怪我をしていない。酔っ払いも、慶次郎も。建物も無事だったし、神輿はまぁ多少燃えたけど、多少で済んだのだ。そりゃ現代では正しいやり方ではなかったかもしれないけど。


 結果、しばらくの間、式神を出すことを禁じられた。とはいえ明確な期間なんてものは設けられていない。どうせ爺共は一緒に住んでるわけでもないんだし、滞在中だけ大人しくしてりゃバレることなんてないのだ。どうせ今日ほぼ全員、明日には最後の一人が帰るんだし。だから気にすんな、とは言った。まぁ、慶次郎はそもそも大人しいんだけど。


 だけど、その禁止令に慶次郎はすっかり気を落としてしまって、最近ではほんの少しつけつつあった自信なんてものも粉々になってしまったのである。それでその、号泣体育座りコンボ(弱音マシマシRemix)というわけだ。


 

「……なぁ、神様さぁ」


 その日の夜。


 足を揃えて座り、とくとくと御神酒おみきを注ぐ。

 誰もいない本殿である。

 俺の他には誰もいない。


 ということになっている。


 ふわ、と生温い風が頬をくすぐって、「何だい、私の可愛い巫女や」という声が耳に届く。


 この本殿の中でだけ、そして、巫女である俺にだけ姿を見せるのは、ウチの神様だ。真っ白い着物姿の、髪の長いきれいな男だ。名前は知らない。それだけは教えてもらえないのだ。名前はそのものを縛る『しゅ』だ。神様を縛るなど、恐れ多いことをしてはならない。だから俺はこの方のことを『神様』と呼ぶ。たまにアンタとか言っちゃうけど、そこはさすが神様、懐が広い。そんなことで罰を当てたりはしない。


「巫女って呼ぶなよ。神様にそう呼ばれたら性別あやふやになるだろ」

「なれば良いのに。ここでは私の女ではないか」

「私の女とか言うなっつぅの。こんな恰好してても俺は男だからな」

「つれない。まったくつれない。だが、そこが良い。いやつよの」

「愛いやつじゃないよ全く。いや、マジで悪いな、ウチ、姉も妹もいなくて。神様も男なんだろうに」

「私は見た目こそこうだけど、厳密には男でも女でもないんだよ。だから問題はない。巫なんていって、人間お前達が女を橋渡し役に据えたものだから、ならばこの姿で迎えるべきかと気を利かせてやったまでだからね。私は別に、私の好みであれば何でも良いんだ」

「そんじゃ俺は好みなわけ?」

「好みも好み。いま風に言えは『どストライク』だな」

「神様がどストライクとか言うなよ。神聖さが薄れるだろ」

「考え方が柔軟で流行に敏感なのだ、私は。喜衣子きいこも愛らしかったが、あれは康悦こうえつのものだからな。人は好いた者と添えば良し。私もそこは弁えてる」

「さすがは神様、物分りの良いことで。てことは俺にも相手が出来たら手放してくれるわけだ」


 手を伸ばし、する、と頬を撫でる。実態などないはずなのに、不思議と触れられるのだ。恐らくは、それも俺だけだろう。


「その時が来たらな。それが現れるまでは私のものよ」


 にや、と笑うその顔に、背筋がぞくりと冷える。


「まさかと思うけど、これまでの彼女と長く続かなかったのって、神様のせいじゃないよな?」

「康悦は喜衣子を諦めなかったぞ」

「おい、つまりそういうことじゃねぇか、おい! 何してくれてんだアンタ!」


 神社の息子と一般家庭の女子ならそりゃあ色々違うだろ! ていうか父さんは劇的に鈍いから、神様からの妨害なんてのにも気付いてなかった可能性の方が高い気がするけど。てことはアレか、父さん並みに鈍い女子を探しゃ良いのか?! あのレベルなんてそうそういねぇから!


「多少の障害はかえって恋を燃え上がらせるものと聞いたのだが?」

「神様の多少は多少じゃないだろ絶対」

「失敬な、多少よ」

「まぁ、アンタにゃ何言っても無駄だろうな。良いか、俺はまぁなんとかなるとしてもだ、弟の恋路は絶対に邪魔すんなよ」

「弟……ああ、陰陽師の方か。せぬよ。私だって晴明は恐ろしいからな。アッチに手なんか出せば何をされるやら、後が怖い」


 あな恐ろしや、と両肩を抱き、ふるり、と震えれば、辺りの空気までもが、ぶるる、と揺れたように感じる。


 神様を震え上がらせるとか、晴明殿は何者なんだ。


 それはそうと、だ。


「なぁ、どうしたらあいつは自信を取り戻すかなぁ」

「あいつ、とな」

「だから弟だよ、慶次郎。もう見てらんないんだよなぁ、しょぼくれちゃってさぁ。あんっな頭ン中にカビが生えてるような爺共の言うことなんか、無視すりゃ良いのに」

「ふむ。その辺は晴明と違うのだな。あいつなんて、周りから何を言われてもどこ吹く風だったぞ」


 いや、こっそり報復してたか、と言って、その当時を思い出しているのか、くくく、と笑いを噛み殺した。


「陰陽師なんだから、式神でも使って死ぬほど脅かしてやりゃ良いじゃないか」

「死ぬほど脅かす?」

「晴明はよくやってたぞ。自分に似せた式神を使って、いまで言うストーカー地味たことをしてみたり、あやかしに似せて作ったやつを気に入らん貴族の家屋敷に送り込んだりしてな。そうしたらほら、『お助けくだされ、晴明殿』って来るだろう? それで、ささっと消して、ちゃっかり恩まで売って――、って。あいつはそういうのも抜群にうまかった」


 懐かしいなぁ、とけらけら笑う。まぁ、神様にしてみれば愉快な話なんだろう。目をつけられた方にしてみればたまったもんじゃないだろうが。いや、そもそも晴明殿に喧嘩を売ったやつが悪いのか。


 いずれにしても、だ。


「いや、どう考えたって慶次郎には無理だろ」

「そうか、いかんな、現代の陰陽師は。晴明が嘆くぞ」

「それで嘆くような晴明殿だとしたら、慶次郎の方が泣くわ」


 さんざんかっこいいところを吹き込まれて育ったんだぞ、俺達。慶次郎はガチのマジで尊敬してるんだから、絶対に夢を壊すなよ、神様。

 

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