第31話 黒一色

 腹を抱えて笑う『モンキー』。


「ッヒャッヒャ……! 戦女神ヴァルキュリアを使役したとされる、ジェラール・ボアズ将軍の詩———救世の一説。のちに詩人として生計を立てた将軍の残した詩には、戦女神ヴァルキュリアを連想させる詩がいくつも残っている。そのうちの一つで戦女神ヴァルキュリア製造方法なのではないかと言われている一説ね……やっぱりそれ通りにキラーバケーションはやられたんじゃねーの?」

「さぁ……どうっすかね? 裏社会を生きる人間としての教養として知ってるだけっすからね。オレちゃんはなんもしらねぇ~す。ただ、それを信じる人間って言うのもいるんじゃねぇっすか?」

「管理人に確認しといてよ。あんたら戦女神ヴァルキュリア作ろうとしてる? って軽く聞いといて」

「軽く聞けると思います?」


 『モンキー』は椅子を引いて立ち上がる。


「どこに行くんで?」

「もう寝る。明日のために寝とかんと体がもたん。ほれ、リコ、タイガ、いつまでも遊んでないでお風呂入って歯ぁ磨いて、クソして寝るよ!」


「「はぁ~い」」


 『モンキー』に言われ、じゃれ合っていた二人がその手を止めて『モンキー』の跡に続く。

 ラットはその光景を、どこか羨ましそうに眺め、


「まるで家族ですね」


 と言った。


「違うよ」


 だが、モンキーに否定され、


「うちらは————仕事仲間ビジネスパートナーだよ」


 そう告げられた。


「そですか」


 『モンキー』は、伸びをするラットを残し部屋を出、タイガも後に続き、リコも部屋を出ようとドアノブに手をかけた時だった。


 ビュンッといきなりテーブルに戻り、ラットの上でしゃがむ。


「な、なんスか⁉」


 まるで人懐っこい犬のようにキラキラした瞳でラットを見つめ、


「ラットさん、三位だよね?」

「……いきなり何の話?」

「ラットさん、役!」


 テーブルに置いたポーカーの札を指さす。

 ラットの手は、まだ明かされていない。


「『モンキー』社長の屁理屈は置いといて! リコと社長が同じロイヤルストレートフラッシュで引き分け! 一位! タイガがドベ! ちゃんとはっきりして馬鹿にしてやるんだ!」


 キシシと笑うリコ。


「お~……それだけのために戻ってきたのかい? リコたんはクソガキだねぇ~」

「えへへへ~! 褒められてるぅ~!」

「褒めてないよぉ~、ついでに、さっきの勝負、実はオレの勝ちなんだよねぇ」

「え」


 一瞬でリコが真顔になる。

 パラパラとラットはカードをめくる。


「え? 何これ」


 ラットの手札は———黒一色。


黒一色フルジョーカー


 五枚全部、ジョーカーだった。


「これズルじゃん! 役でも何でもないし!」


「違うよ、リコたん。ジョーカーはね? 何にでもなれる最強のカードなんだよ。全部キングにだってなれるし……逆に全部2にだってなれる。可能性のカードなんだよ」


「??? 何にでもなれるんなら、うちらの手の方が強いじゃん! ラットさんも屁理屈言ってる! しかも全然意味わかんなぁ~い!」

「子供だからわからないだけだよ~、ほらリコたんもう帰んな、ラットお姉ちゃんに負けたって記憶を刻み付けて帰んな」

「べぇ~、負けてないもん! 勝ってるもん! ラットさんいっつも意味わかんない! 馬鹿!」


 あかんべえをして、ドアを乱暴に閉めて、今度こそ部屋にはラット一人きりになる。


「……全く使わなかったギャグを掘り起こして、丁寧に滑らせて……せっかく仕込んだのに皆勝負から降りちゃうんだもんな」


 用意した五枚のジョーカーを、ラットは器用に回した。 

 角を軸に、くるくるとコマのように五枚のカードがテーブルの上を回っていく。


「でも、リコたんもまだまだ若いなぁ~、ジョーカーの怖さをわかってないんだから」


 五枚のジョーカーが、テーブルにまだ置かれたままのロイヤルストレートフラッシュたちを蹴散らして、盤外へと飛ばしていく。


「強すぎて〝手〟を変えられない〝王国〟が、なんにでもなれる〝愚者〟に一瞬で崩壊させられるっていうのは歴史が証明しているんですよ。歴史を学べ。クソガキ」


 テーブルの上に残っているのは五枚のジョーカーのみとなった。


「…………これ、オレが片付けんのかな」


 ラットは天井を仰いだ。

 床にはトランプが散在している———。

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キラーバケーション ~殺し屋たちの夏休み~ あおき りゅうま @hardness10

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