第30話 戦乙女の詩

 弾けるように笑い続ける『モンキー』。ラットを指さす。

 ラットは早くこの話を終わらせたいと言う様子で、自分の手札を場に置いた。


「じゃあ、あと数分で『フェニックス』の挑戦時間が終了します。次は『モンキー』の挑戦ということで問題はないですか?」

「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! 問題ないよ。明日ね。明日、またあそこ行くよ。あの……〝ファミリー〟がいる拠点の名前なんつったっけ?」

「学校ですね。小学校ですよ」

「ああ! そこ! 今度はちょっかいかけじゃなくて、本格的に攻めるよぉ~……うちら『モンキーデリバリー』がね」

「『デリバリー』? 会社で攻めるんですか? モンキーさん一人じゃなくて? それは困ったなぁ……ルールがあってですね? 一人ずつ正々堂々と正面から攻めないとダメなんですわ」

「ルールはちゃんと確認してるよ。だけど、どこにも攻める人間は一人だけとは書いてないでしょ? 〝殺す〟人間は予告状を出した人間だけだって書いてあるけど」

「……こりゃ一本取られたなぁ」


 ニヤリと『モンキー』は笑みを作る。


「ところで……ラットさんよ。一つ聞いていいですかい?」

「はい。なんでござんしょ?」

「このきらーばけーしょん……ってやつ。一人しか生き残らせるつもりはないのかい?」

「…………」

「ヒャッヒャッヒャ……」


 ケラケラと笑いながら、ラットの全てを見通そうと『モンキー』は蒼と金の瞳で見つめる。


「どうしてそれをオレに聞くんです? オレもキラーバケーションの参加者の一人なんですよ?」

「いんや、ただの参加者じゃない。なんか言われてるね? この企画の管理人か誰かかから、ちょっといろいろ回し過ぎだもん」

「回す……とは?」

「場を、よ。このキラーバケーションっていう場を、自分たちの目的のために回し過ぎだもんよ。わたしが〝ファミリー〟の連中がこの島にいるのを知ったのだって、あんたの引き合わせだったし……わたしも馬鹿じゃないのよね。ああ、何かさせようとしてるなって。だって〝殺し屋〟しかいないんだもん。そう思うよねぇ?」


 両手を広げて肩をすくめるラット。


「でも……仮に知っていたとして答えると思いますか?」

「言っちゃダメなことだったら言わんと思うけれども……言っていいことだったら言うんじゃねーのとは思っとるよ。つーか、答え大体わかっとるしね」

「ほう、答えとは?」

「たった今、JK狩り失敗したフェニックスちゃん。彼女が答えやね」


 『モンキー』は時計を指さす。


「ふぇ、フェニックスさんですか? ……というのは?」


 予想外の言葉が来たと、ラットは肩を落として、続く言葉を促す。


人工進化メタモルフォーゼ計画。永遠で不滅で不屈の人類を制作する。その目的の元に行われた人体改造計画。なぜその計画が立ち上がったのか———きっかけがある。そのきっかけをわたしは知っている」

「ほう?」

戦女神ヴァルキュリア


 そのワードを出した瞬間、ラットの表情が凍った。


「本当に知ってた?」

「おやま? 当たり? 人工進化メタモルフォーゼ計画はその戦女神ヴァルキュリアを人工的に作ろうとした。

約百年前、第二次世界大戦に存在したと言われる———伝説的な〝殺し屋〟。ナチスの高官。ソ連の将校。悪と言われる人間を断罪し、一人で百人の部隊を全滅させたとされる、シモ・ヘイヘと並ぶ伝説の少女。十四で美しい美貌を持ち、どんな弾丸も彼女に命中することはなかった、誰も名前すら知らない少女———ゆえに戦女神ヴァルキュリア。その伝説の〝殺し屋〟をこの島で作り出そうとしているんでしょう?」

「………さぁ、そんな伝説をマジに受け止める人がいるとでも?」

「受け止めた結果がフェニックスちゃんじゃねーのがよ」

「…………」

「わたしもね。わたしもいろいろ詳しいんだ。家が家だから。不思議なことにね、裏社会ってどぶに入り込めば入り込むほど、オカルトにのめり込む人間が多くてね。戦女神ヴァルキュリアを作ろーってするヴァカとよく出会ったのよ。多分


 ———この企画の主催者。それでしょ?」


「それってぇ? オレ様わかんないにゃ~」

「ピンときたよね。この島に来ている人間全員99人殺してるって。その数で止まってる女の子ばっかりって言うのでピンときたよね。〝あぁ~、この企画立ち上げた奴、ずぇったい戦女神ヴァルキュリア作ろうとしてる~〟って」

「……血肉を捧げよ」

「お」


 ラットがボソッと唱え始める。


「百の血肉を捧げよ。

 さすれば汝は許されん。

 無垢なるともがら屠った汝よ。

 許しを求めよ。

 百の悪の魂を捧げよ。

 悪の魂を吸いたまへ。

 さすれば汝は許される。さすれば汝は神となる。

 救いのないこの世界。

 汝、救いとならん。

 救いのないこの世界。

 女神の汝が理を作る。

 不滅の理を汝が作る。以て其れは救世となる」


 詩だ。

 ラットが唱えたのは詩の一説だった。


「ヒャッヒャッヒャ! 知ってんじゃん!」

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