第29話 モンキーデリバリー

 鬼ヶ島の中心の山——北側に巨大な鉄の塔がそびえ立っている。

 鉄と言ってもベニヤ版を張り付けただけのハリボテちっくな塔で、あくまで突貫で工事しましたという空気がぬぐえない風体となっている。


「もうすぐ、十時ですねぇ」


 その塔の最上階の一室にラットはいた。

 薄暗い蛍光灯だけが照らす部屋。

 部屋にはビリヤード台やダーツボードがあり、ゲームスペースの装いだった。


「んねんねぇ! 私ら一気に行っていいの? 『モンキー・デリバリー』への依頼だけど、私らみんなで社員だもんねぇ!」


 ラットは、テーブルに座ってポーカーをしていた。

 他に席ついているのは三人。 

 ラットの対面に座っている金髪で左右に御団子を作っているチャイニーズ系の女の子が、身を乗り出して目を輝かせている。


「んねぇ! 獅童ユルギ! みんなで殺していい? 私、頭! 頭を打ち抜くの! ピストルでバァンって!」


 金髪の少女は指をピストルの形にして、打つ仕草をする。


「ダメだよォ~……一人ずつってルールで決めたでしょ~? リコ・ウルフたん」


 ラットがやんわりと金髪の少女———リコ・ウルフの言葉を否定する。


「ちぇ~……楽しそうなのに」

「つーか、リコ。あんた手札見えとんねん」


 リコの隣から、髪に青のメッシュを入れた、巨乳の女性が口を挟む。

 ジト目をリコに向け、手札で口元を隠している。


「ロイスタ(ロイヤルストレ―トフラッシュ)やんけ……相変らず運だけはええなほんまに。ウチは降ろさせてもらいますわ」


 青メッシュの女性は手札を場にぶちまける。

 完全なブタだ。何一つそろってない。


「あぁ~……ずっるい! リコの勝ちだったのに! 降りないでよ! タイガ!」


 タイガと呼ばれた青メッシュの女性は、リコの言葉を無視し首に下がっている十字架のペンダントを手に取る。

 十字架にキスし、


「これもトラ神様の思し召しや。ウチは今日ここで勝つ定めではないと……今は引け。トラ神様はそう言っとるんや」


 見せびらかす。

 タイガがキスした十字架は———黄色と黒の縞模様をしていた。


「……ハチみたい」

「なんやとコラァ‼」


 タイガがテーブルを器用に飛び越え、隣のリコにだけ、周りのモノを倒さずにピンポイントで飛び掛かり、押し倒す。対するリコは「きゃ~!」とどこか嬉しそうな声を上げながら、タイガにされるがままになっている。


「あ~あぁ~……もうメチャクチャだよぉ~……で、どうします『モンキー』さん?」


 ラットが右隣の人間を見る。

 細い体つきの美人。まるでモデルみたいな女性だった。


「ん? どうって何が?」


 オッドアイの瞳。

 吸い込まれそうな深い蒼と、対するもの全てを見通していそうな金色の瞳。

 その眼が———ラットに向けられていた。


「そりゃあ……誰が行くんですかって話ですよ。JK狩り」

「あぁ、そっちぃ? それを今決めてるんじゃないの? このポーカーで買った奴が予告状を出す。JK狩りの」

「え? 何その暗黙の了解……知らないんすけど……」


 ラットが戸惑う。


「私まだJK狩りやるつもりないんスけど……ここに来たらポーカーやりながら話しましょうって言われたから席に着いただけで……別に……」

「そうなん? そかぁ……じゃあ私が予告状を出すしかなぃなぁ」


 『モンキー』の口調は独特のアクセントをしていた。フォーマルな発音ではない、田舎訛りのような、妙に緩急のある喋り方だった。

 ラットがホッと胸を撫でおろす。


「そうですね。まぁ、一番勝ちそうだったリコさんはあれですし」


 ハートのロイヤルストレートフラッシュを広げて、今だにリコはタイガに押し倒され、くすぐりの刑を受けて「きゃ~きゃ~」と嬉しそうに叫んでいる。


「勝ちそうだった?」

「でしょう? ロイヤルストレートフラッシュに勝てる手なんてありません。リコさんは全く、なんて豪運なんでしょう……」


 『モンキー』がゆっくりと自分の手札を広げる。


「運ならね……」

「あ」


 『モンキー』の手札は……いや〝も〟、


「ロイヤルストレートフラッシュ……」


 スペードのロイヤルストレートフラッシュが———完成していた。


「わたしも持ってんのよね」

「じゃあ、引き分けで……」

「ハートよりもスペードのほうが強いに決まってんだろ。あほなのかテメェ」

「は?」


 語気は平坦に。だが、確実におかしなことを言い始めた『モンキー』。

 ラットはめんどくさくなったと肘をつく。


「いや、どうでもいいですよ。そんなことは。どちらにしろテーブルに人がいないし、本題はJK狩りを『モンキーデリバリー』が引き受けるってことが重要なんですから、勝った『モンキー』さんに行ってもらえればそれで」

「どうでもよくないだろ。勝負は勝負だ。この勝負は完膚なきまでに私の勝ちだ。いいか? スペードは騎士の剣で、ハートは僧侶のせーはいって意味があるんだ。剣に器が勝てるわけないだろう。だからこれはわたしの勝ち。わがった? いいね?」

「ハイハイ。どうぞどうぞ……」

「テヒャヒャヒャヒャヒャッッ‼」


 子供っぽい理屈を持ち出し、ただただ……ラットは呆れた。

 ただ、心底嬉しそうに『モンキー』は笑った。目に涙をためてまで嬉しそうな顔で、


「ごめんねぇ……! めんどくさいこと言って、でも勝負だもん勝ちたいじゃんか! それでこそ精一杯楽しんでるって感じでしょ? わがる? わがるね?」

「はい」

「テヒャヒャヒャヒャヒャッ‼ ぜぇったいわがってない!」

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