第28話 殺しの輪廻

「ヘルガ……どうしてここへ? ラビットへはボクが話をしておくからって」

「帰るのが遅いんだもん。心配で来ちゃったじゃん」


 頬を膨らませるヘルガ・ファフニールだが、ラビットは彼女を睨みつけ、警戒を解いていない。


「ヘルガさん。どうして『モンキー』に連絡したんですか? どうして獅童ユルギの殺しを示唆させるような連絡をしたんですか?」

「様子見」


 ヘルガは視線を揺るがさずにそう言った。

 ラビットが怪訝そうに眉が歪む。


「様子見……? 何に対する?」

「おかしい、こんなうまい話はないとはずっと思っていた。だけど……真意がわからなくてさぁ、ずっと確信が持てずに霧の中を彷徨っている感じだったんだよ。ミノっていう答えを見つけたと思っても———こいつ何も知らなかったし」


 ヘルガがミノタウロスの頬に指を這わせ、愛おしそうに彼女を撫でる。

 ミノタウロスは黙ってその愛撫を受け入れ、ただ、無表情にヘルガを見返していた。


「ヘルガさん。質問に答えてください。あなたはただでさえ———私の信頼を裏切っているんですよ?」

「信頼を裏切る? そりゃ大変だ。信頼は築くのは大変だけど、崩すのは一瞬だかね。まぁ……その一瞬の時が来たと思ってもらえれば、それに、私たち多分この島から生きて出られないよ———こいつ以外」

「イタッ……」


 ゴンッとミノタウロスのこめかみの部分を拳で小突くヘルガ。それに対して容赦なくミノタウロスは反撃し、バシッとビンタを食らう。


「ミノタウロスさん以外……? ミノタウロスさんの体質のことと関係があるのか?」

「イタタ……そう、こいつはカメラなんだよ。この島の状態を記録するカメラ」


 張られた頬を抑えながら、ヘルガは続ける。


「キラーバケーション———そんなもの嘘っぱちだ。私たちは騙されたんだよ。一部の金持ちの道楽のために集められて、殺し合いを期待されている」

「ずっと言っていますね」

「そうじゃないとこんなうまい話があるわけがない。私たちは所詮〝殺し屋〟だぞ? 何人もの命を自分の利益のために奪ってきた〝鬼〟だ。そんな〝鬼〟を慈善事業でねぎらう道楽者がどこにいる。どこにもいないさ。結局こうなる。私たちは集められた。〝殺し屋〟が一か所に集められたら勝手に殺し合うんだろうと主催者は思っていたんだろうが、実際はそうはならなかった。だから、獅童ユルギという劇薬を投入したんだよ。何も知らない一般人をこの島に入れ、餌を付け加えることで殺しに向かうバカが出る。そして、それを守ろうとするバカもでる。そのバカを殺し合わせて楽しむ。そういう島なんだよこの島は」


 ヘルガは苛立たし気に近くにあった木の幹を思いっきり蹴る。


「……ヘルガさん、それであなたまで殺すバカになったら、あなたが怒っている主催者の思うつぼですよ?」

「思うつぼにはならないよ。声はかけた。あいつらがどう動くかはあいつら次第。私は利用されているとも知らないあいつらとあんたが殺し合うのを見て嗤う……か、ここで全てを理解したあんたが獅童ユルギを見捨てるのを見て……嗤う、か……ラビット、あんたはどうする? これから何を選ぶの?」

「守ります」


 即答だった。


「ヘルガさんの言葉が本当だとしても嘘だとしても、ユルギがただ騙されてこの島に送り込まれた、私たちを殺し合わせるための餌だとすれば……彼女が死ぬ理由にならない。見捨てる理由にならない。彼女がどんなに未知な存在だとしても、悪だとわからない限り、私はユルギを守ります」


 ダンッ! 


 ヘルガが木の幹に拳を叩きつけて、ラビットを睨む。


「見捨ててみようって言ってんだけどなぁ? これから『モンキー』がこの校舎を襲う。私たちは獅童ユルギを残してこの校舎を離れ、獅童ユルギが死ぬ様を見届ける。そして、キラーバケーションの主催者がどう出るのか、見守る。このバケーションの真意が何なのかわからない以上、下手に殺し合う必要は全くないって言ってんの」

「殺し合いが起きなくても殺しが起きるのなら意味がない。私はユルギを見捨てない」

「一人や二人の命なんか、見捨てても問題ないでしょう! あんた何人の人間を殺してきたと思ってんの!」

「そいつらは全員悪だ! 私は悪人しか殺していないし、いい人は決して見捨てない! ヘルガさんあなただって、普通の一般人が黙って死ぬのを許すような人じゃないはずだ。イタリアンマフィア『レギオン』の首領——ドン・ファフニールの娘であるあなたなら」

「…………」


 ラビットは———知っていた。

 いや、キラーバケーションに参加しているほぼ全員が知っている。彼女は『レギオン』の顔として出過ぎていた。〝殺し屋〟であれば『レギオン』から仕事を受けたことはあるし、彼女とも何度も対面していた。

 だからこそ———わかる。 

 このキラーバケーションに、彼女がどういう気持ちで参加しているのかも。どういう理想を求めているのかも。


「あなたがこのキラーバケーションを最も求めている人間だ。ただの『レギオン』の首領の娘として生まれただけのあなたは、あなたがどう思うと思うまいと、闇の世界の住民として生きるしかなかった。たくさんの傷を受けたと思う……」

「…………ッ!」


 ヘルガはギュッと右腕を握った。

 手首の袖のあたりから、ひどい切り傷のような傷跡が覗いている———。


「あなたはこのキラーバケーションが本物の、本当の〝殺し屋〟の理想郷。平穏の地であることを望んでいる。だけど、そんなものはないと信じ切ることができない自分もいる。だから、確かめようとしている。最も残酷な〝殺し屋〟『モンキー』を使うことで」

「その通りだけど?」


 だから何だとヘルガは開き直る。


「どうせ———私たちは闇の住人。殺し殺されの世界に生きる人間。だから、死のうが生きようが他人事。なら、それを最大のエンターテイメントとして楽しんでやろう。キラーバケーションを企画した人間はそんな悪意で企画してるんだよ! 私はそんな悪意には乗らない。私も、殺し合いを見て嗤う側の人間だ!」

「悪意に悪意で返しても、同じレベルに落ちるだけですよ。愚者を嗤う人間は愚者しかいないんです」

「……まぁ、あんたが獅童ユルギを守るって言うのならこの問答も無駄になるわけだけど」


 ヘルガは呆れたと言わんばかりに両手を広げて、ラビットに背を向けた。


「せいぜい殺し合いなさいよ。いつまでたっても、その殺しの輪廻にい続けなさいよ。殺し殺されの輪廻に。私は絶対に抜け出してやる」

「ヘルガさん。血は———落ちません」

「…………ッ!」


 ヘルガは一瞬振り返り、射殺さんばかりの瞳でラビットを見る。


「いくら、正しくても……いくら、仕方がなかったとしても、殺しは殺し。命を奪っているんです。そんな人間が幸福を享受できるなんてことは———ありえません」


 全てを諦め悟ったような、ラビットの瞳。


「————だったらぁ‼」


 ヘルガの絶叫。

 音量が大きく、木々は震え———鳥が飛び立っていく。


「私は———何のためにこれから生きていけばいいのよ! 私は……どうやったら幸せになれるのよ! 私は人を殺していない。一人だって殺していない……ただ命令しただけ、お父さんと同じように命令しただけ……それが教えだから。親がいままで代々家業としていた役割だったから……それを引き継いだだけ……それをやっただけなのに! どうして私は命を狙われて、私は恨まれて……一生普通の生活なんてできないの? 平穏何て手に入らないの? 

 ———ラビット、教えてよ。私はどうやったら幸せになれるの?」


 シュッ———!


 八百三十八射目。


「———その答えは、ないです。闇の世界にいる限り、人は——幸せになれません。ただ、そういうものだと諦めて、殺し殺されの輪廻の中にいるしかないんです。

 ヘルガさん、私も正義の〝殺し屋〟だと言っておきながら、結局はその輪廻からは逃れることはできないんです。どんなに正義を歌おうと———私は殺ししかできない人間なんですよ」

「…………」


 ヘルガは何も言わずに今度こそ闇に消えていく。

 ミノタウロスもヘルガのあとを追い、今度こそ森の中にはラビットしかいなくなる。


 シュッ———!


 八百三十九射目。

 ただ、ひたすらにラビットが的を射る音だけが森に響き続ける。

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