ガイシャの軌跡

結騎 了

#365日ショートショート 281

「なぜガイシャはすぐに救急車を呼ばなかったんだ」

 マンションの一室、殺人事件現場にて。ふたりの刑事が頭を悩ませていた。

「もう助からないと悟っていたのでしょうか」

「それにしても、死を目前にしたら誰だって救急車くらい呼ぶだろう。しかし、その痕跡が全く見られない。携帯は枕元に置かれたままだ」

 アニメのポスターやタペストリー、多数のフィギュアで埋め尽くされた一室。そのフローリングにおびただしく残る血痕は、被害者が瀕死の状態で部屋の中を移動したことを告げていた。

「この様子だとベッドで刺されています。横にはデスク。そして、まずはこっちに移動していますね。キッチンです」

 刑事が血痕を辿っていく。

「ここ、ですね」。立ち止まった先には電子レンジがあった。

「電子レンジ? なんだって電子レンジに……。なにかを温めたのか?」

「さぁ。なぜでしょう」

 首をかしげながら、更に血痕を追いかける。

「そこから、なんと風呂場に向かっています」

「死ぬ寸前に食事と風呂か? 余裕のあるガイシャだな」

 刑事たちが風呂場に入ると、遺体が転がっていた。

「なぜここに……」

「風呂のお湯は綺麗だな。血が全く入っていない」

「あっ!これを見てください!」

 ひとりの刑事が悲鳴を上げた。

 浴槽の下、お湯の底には、HDDが静かに横たわっていた。

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ガイシャの軌跡 結騎 了 @slinky_dog_s11

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