第14話 神官セレナは癒したい

 それから、セレナは全て1人で動いた。

 患者を小屋の中に運んで、肺を洗浄する薬を沸かすと蒸気にして小屋の中に散布。


 それを朝まで眠ること無く焚き続けたあとは、未だに病気になっていなかった村人たちと一緒に灰を地面にまいて雨に含まれた汚染を中和して回った。その間に意識を取り戻した無傷のルーネが『人戻し』を取ってきてくれたので、村人たちは全員が病の手から解放されることになった。


 セレナたちは村人たちが全治してから1週間ほど村に滞在して、本当に再発がないことと、誰も神秘を覚えていないことを確認すると……セレナたちはそこに小さな教会を作らせてもらって、元の教会に戻ることにした。


「寂しくなるなぁ、神官様たちがいなくなるなんて」

「また来てくれよな!」

「嬢ちゃんたちのおかげで俺たちの命があるみたいなもんだしよ!」


 帰る前には、村人たちが全員で送別会を開いてくれて……セレナは、それがとても嬉しかった。


「ほら、もう離れて。お姉ちゃんたちがもう帰れないでしょ?」

「……やだ。行っちゃやだ」

「もう……。本当に……」


 そういってセレナに抱きついているのは、最初に魚から戻った女の子だった。

 病気が治ってから、セレナにひどく懐いて……村の中を移動する時はどこにいっても後ろを付いてくる可愛い子だったのだが、


「もう行かないとですから」


 セレナたちはこの功績をソルニアたちに報告する義務がある。


 よって、すぐにでも王都にある『大神殿』に行かなければならないのだが、女の子はぎゅっと抱きついて心配そうに聞いてきた。


「……また会える?」

「もちろん。すぐに会えますよ」


 ソルニアの仕事は『西の果て』に布教することである。


 だとすれば、まだ村の1つに教会を置かせてもらっただけに過ぎない。

 だから、まだまだこの先に進む必要があるし……その時にはこの村を通り抜けることになるだろう。


 だから、また会えるはずだ。


「約束!」

「はい。約束です。また、会いましょう」


 セレナは女の子と指を結びあうと、その村をようやく後にした。

 村人たちはセレナたちの姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっと、手を振ってくれていた。



 ―――――――――


「い、以上が報告となりまぁす!!」


 王都にある『大神殿』。

 その最奥に位置する『太陽神の間』に入った3人は、露出の多い格好をした幼女――太陽神ソルニアを前にして、村であった全ての顛末を説明した。


 それを横になって聞いていたソルニアは全ての話が終わると、飛び上がってセレナに抱きついた。


「いやぁ! 流石! 流石だよ!! セレナちゃんにお願いしたかいがあったよ!」


 そのままぎゅう、と抱きしめられてどうリアクションするべきか迷っていた、セレナをソルニアは離すと、カノンとルーネに向き直った。


「ほら二人共おいで! ぎゅってしてあげるから! 本物の太陽神の抱擁ソルニア・アンプレスだよー!」

「あ、あの……あまりご自身で“本物”とか付けない方が良いと思いますわ……」

「そ、そうですよ……価値が下がりますよ……」


 あまりにノリが軽いので、やや引いた様子でソルニアを見つめる2人。

 だが、ソルニアはそんな2人の様子をガン無視して抱きついた。


「気にしない気にしない! だって3人はそれだけのことをやってくれたんだからさ!」

「《厄災》の、討伐……ですよね」

「うん。いやぁ、まさか『西の果て』にも《厄災》がいるなんてねぇ。教会の観測範囲をもっと広げないとだね。それに、セレナちゃんには“討伐“をしなくても良いって言ったのに、まさか《厄災》退治をやってもらうことになるとはね。これはちょっと悪いことしちゃったかな?」

「……い、いえ。好きで、やったことなので」

「だとしてもだよ! ご褒美はなにがいい? 太陽神の抱擁をもう一回しようか?」

「いえ、それは別に良いんですけど……」

「なんでぇ?」


 ちょっとショックを受けたようなソルニアに……セレナは、気になることを聞いた。


「あれは、?」

「んー? どういうことかな?」


 彼女の問いかけにも、顔色1つ変えること無く……ソルニアは笑った。


「《厄災》は神様たちが世界を変えるときに生まれる存在……と、聞きました」

「うん。そうだね」

「でも、神様たちが世界を変える時は……私たち神官に伝達されますよね? ど、どこかに

《厄災》が生まれるから。それを警戒するようにって」

「うん」

「こ、ここ最近……神様たちは世界を変えてないじゃないですか。だとしたら、んですか? あれは本当に《厄災》なんですか……?」


 セレナの問いかけにソルニアは微笑んだ。


 聖典サーラには、物語として神々の逸話が残っている。

 その中には、かつて太陽神ソルニアが数十年という長い冬を乗り越えた人の子らに慈しみと優しさを持って暖かい陽の光の抱擁を授けたという逸話が残っている。


 、だ。


 その間、太陽神ソルニアは何をしていたのか。


 一説には、深い眠りについたとされている。

 だが、その真実をセレナたちは知らない。


 ソルニアはそのことについて口をつぐみ、大神官たちも何も言わないからだ。


 しかし、セレナは知っている。

 ソルニアは自由奔放のように見えて……人々を放っておいて長く眠りにつくなど、そんなことはしない。


 だからこそ、そこには何か理由があるはずなのだ。


 そう睨んでいるセレナに向かって、ソルニアは不敵に微笑んだ。


 そう。彼女の読み通り、ソルニアには眠らなければならない理由があった。

 それを知っているのは神々と、大神官たちだけ。


 かつてこの世界にやってきたとの戦いで深く傷ついたソルニアは、その姿を幼くすることで傷の回復を早めてわずか数十年というで世界に戻った。


 そして舞い戻った太陽神ソルニアは『教会』という組織を作り上げると、『外の神々』から人類を守るために神官を育て上げることにした……という話を、ソルニアはセレナに説明するかをわずかに思案して、


「うーん。それがさ、ちょうど前回の《厄災リヴァイアサン》の討伐と連絡が行き違いになっちゃったみたいでさ。上手く伝達できてなかったみたいなんだよね!」

「も、もうちょっとちゃんとしてください!」

「ごめんごめん」


 まだ話さないことにした。


 セレナが討伐したと思っている《厄災》である魚の巨人。


 あれは《厄災》ではない。そんなものでは決してない。

 たかが世界の改変で生み出されるそんな生き物たちに、人の改変などできるはずがないのだから。


 そう、あれは“神”。

 他の世界からやってきた外来種の神である。


 誰も知らぬその名前を《海の底ロト・ボトム》と呼ぶ。


 しかし、それを知るだけの権限は……まだセレナにはないのだ。


「でも、どうだった? 自分から討伐するなんて、セレナちゃんもちょっとは討伐が好きになったんじゃない?」

「な、なりません! 嫌いなままです!」

「ううん。そりゃ残念だ」


 ソルニアは困ったように笑うと、神殺しの英雄に報奨を贈る。


「でも、今回の1件は本当にお手柄だったよ。ちゃんとボーナスを弾ませるように他の神官たちに言っておからさ」

「ありがとうございます……!」


 セレナは頷くと、ソルニアは釘を刺すように続けた。


「あ、でも昇進はまだだよ。あれは『西の果て』にもっと布教してからだからね」

「だ、大丈夫です。それは、分かってますから……!」

「うんうん。それは何よりだよ。じゃあ、休暇を取ったらまた西に行ってもらってもいいかな?」


 まだ西には『教会』の入っていない土地が多くある。

 そこに入って困りごとを解決して……教会を広めるのが彼女の今の仕事なのだ。


 だが、その仕事に取り掛かる前にちゃんと確認しておかないとならないものがある。


「……あ、あのソルニア様?」

「どうしたの?」

「その間は……“討伐”しなくても、良いんですよね」


 恐る恐る尋ねたセレナにソルニアは満面の笑みで頷いた。


「もちろん!」


 そんなソルニアの返答に心の底から安心したセレナは笑顔で応えた。


「では、喜んでやらせていただきます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神官セレナは癒したい〜戦うのが嫌なので一撃で敵を葬り去るようになった最強神官を周りは放っておいてくれません〜 シクラメン @cyclamen048

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ