第6話

 あれから三年、リョウくんと一度も会わなかった。その間に、別の人を愛して、来年その人と結婚する。結婚が決まったとき、ほとんど直感的に、リョウくんに会おうと決めた。彼と恋に落ちた時と同じくらい、逆らえない衝動だった。



 リョウくんが持っていた花火が消えてしまったので、今度は私が次の花火を付けた。パチパチという音を立てて、色がどんどん変わっていく。緑、赤、オレンジ、黄色。


 リョウくんが、次の花火を取り出して、私の花火の燃えている部分にくっつけると、リョウくんの花火がシューっと付いた。

 花火が途切れることがないように、どんどん次の花火を出して、相手の花火の燃えている部分にくっつける。

 花火が次々と散って、なくなっていくのが悲しくて、「きれいだねー」と何度もはしゃいだ声を出した。


 花火の燃えたゴミを一つにまとめてビニール袋に入れると、完全に消えてるか確認してから、ゴミ箱に入れた。


「駅まで送るよ」

 リョウくんが手を差し出したので、少し迷ってから、手を繋いだ。公園を後にして、駅まで歩き出す。


 東京の夜はまだ暑くて、繋いだ手はすぐに汗をかいた。

「レモネード、あれ、僕が教えたじゃん」

 街灯でアスファルトの道がテラテラと光っている。

「覚えてた?」

「覚えてるよ」


 あのカフェは、結婚前に、リョウくんが見つけて連れて行ってくれた。リョウくんとは一回しか行かなかったけど、何度かお友達を連れて行ったことがある。


「公園で、花火もしたね」

「うん。途中で雨降ってきたけど」

 花火をしていたら、急に雨が降ってきて、トンネル型の遊具の中で雨宿りをした。ギュウギュウに体をくっつけ合って笑いながら、何度もキスをした。


「お母さん、元気?」

 二人の間に、一瞬、ぎこちない空気が流れる。

「相変わらずだよ」

 リョウくんが、足を止めて、私の顔をのぞきこんだ。

「ごめん」

 リョウくんの言葉に、私も足を止めた。リョウくんは、何かを言いたそうにして、やっぱり言わなかった。

「私も、ごめん」

 私も、もっといろいろ言うことがある気がしたけど、うまく言葉にならなかった。


 駅はもうすぐそこだ。リョウくんの手をひいて、歩き始めた。どこかで犬がオーンと鳴き、やせ細った月と、たくさんの星がキラキラしている。生ぬるい風が、そよそよと肌をなでた。


 とうとう、駅に着いてしまった。


「じゃあね」

 繋いでいた手を離そうとしたら、リョウくんがぎゅっと力を込めた。それから、空いていた方の手で私のほおに触れると、そっと唇を重ねてきた。

 柔らかい唇の感触がして、全身がビリビリした。


 唇を離すと、リョウくんが泣いているので、両手の親指で涙をふく。リョウくんも同じように、両手で私の涙をぬぐった。まつ毛とまつ毛でキスをすると、二人の涙が混ざる。もう一度キスしたら、涙が口の中に入った。


 リョウくんが、私の目を見ながら、少し笑った。それを合図に、いつの間にか繋いでいた両手を、そろそろと離した。


 最後の指が離れるとき、チクリと胸が痛んだけど、穏やかな気持ちだった。これが最後のお別れだってことは、お互いにわかっていた。

 

 くるりとリョウくんに背を向けて、改札を抜ける。早足でもゆっくりでもなく、普通の速度でホームまで歩いた。ホームへ降り立つと、ポケットのスマホがふるえる。オスカーからなのを確認して耳に当てると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「もしもし、オスカー? さっき電話出られなくてごめんね。うん、まだ東京。え、 そう? 風邪で鼻詰まってるからかも。今、駅の中だからうるさいでしょ。そうそう。うん。ホテルに着いたらかけ直すね。ふふ。ありがとう。うん。


 私も、愛してるよ」


<了>

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【完結】愛してるって言えない かしこまりこ @onestory

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