忘れがたき

ミシン針

プロローグ HANABI

 扇風機の風が冷たくなってきた九月の終わり。

私は季節外れのパーカーに、ダボついたズボン、スリッパと言う格好、ベランダに出てプカプカ一息ついていた。

一人でいるから少し寒い、そろそろ人肌が恋しい。

さっきまで一緒にくるまっていたゆたんぽ係さんはご飯を作り置きして帰られた。

「これからだっちゅーに...」

バイトだそうだ、ゆたんぽは夜の街に出かけて行った。

きっと違う人間と同じ空を見ているのだろう。今年も灰皿と共にみる花火です。

ソファーに浅く腰掛け踏ん反りがえる。置いてあるサボテンに目が留まる。

砂漠の地からはるばる来たサボテン。

「なぁ、エンペラー...」

サボテンとは思えないほど薄い、もはや毛とも呼べるような針をなでなでしながら、気持ちの悪い独り言をブツブツとつぶやく。

このサボテンには手が二本ある、けど人間ではないことを自分は知っている。

一人は孤独を感じやすい。それが故の対抗手段を持たねばならない。

さて、お気に入りの曲でも流そうか、伸ばした先にあるレコードを捕まえる。流そうか、流そう。思いっきりいかしたのを流そう。

彼女が作ったご飯を無視し、パンを切り、ハムと肉とウィンナーを挟み、永遠同じ曲を流し続ける。コーヒーは、めんどくさくなった。

結露ができるほどの二つのグラスに水道水をためる贅沢。

飛び切りおしゃれな一人と言うのはなかなか難しいのかもしれない。

外からは爆発音が聞こえる、ガラスが響き、私を沸かせるのだ。

一発一発が、職人の作った才能の消費である。

甘美である。鈴の音とまでは言わないが、カラカラと心地の良い音を爆発音とともに鳴らすガラスにすらうっとりとしてしまう。

流した音楽などはすぐに聞こえなくなる真夏の夜。

花火に狂う客、それを達観視していると自称する自分。

どちらが正しいかなど見るまでもなく明白だが、今夜は自分が不思議と正解なような気がした。

あと鳴りやむまで何分だろうか、一発の花火がガラスを揺らしている時間などはたかが知れているが、多分この花火は今年最後になるであろう。


「「パシャリ」」


なんとなくこの時間が惜しくなって、時間を額縁に収めようとした。

物忘れさえしなければ、きっとこれを見て思い出せるであろう。

多分何年たっても思い出してしまうだろう。

そんなふうに風に思った。

誰かの受け売りではない、本当に思った。



 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れがたき ミシン針 @pomupomu0921

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ