広告収入で生きていく探偵

てこ/ひかり

第1話

「先生! 大変です、先生!」


 セーラー服の少女が、狭い階段を駆け上っていく。都内某所、路地裏のさらに裏の裏にあるような細い道。道行く人が素通りする看板には、『伊達探偵事務所』の文字が掲げられていた。古びた扉の向こうに待っていたのは、モジャモジャ頭の探偵……ではなく、見知らぬ外国人だった。少女がギョッとなって扉の前で立ち尽くした。


『今なら20%引!』

「……!?」


 背の高い、筋肉質の大男である。右手に何故かマヨネーズを持って大事に掲げている。英語で何か話しかけられたが、内容までは聞き取れない。呆然としていると、外国人は颯爽と少女の脇をすり抜け、扉から出ていった。すれ違いに、今まで何処に潜んでいたのやら、階段の下から細身の男がふらっ、と現れた。


「やぁ、薫君」

「あっ先生。何処いってたんですか? あの人は……? もしかして、新しい依頼人ですか?」


 先生と呼ばれた男は、どうやら少女と知り合いのようだった。鳥の巣みたいな髪の毛。マッチ棒のような細い腕は、小学生と腕相撲したって勝てそうにない。如何にも頼りなげな若い男が、この伊達探偵事務所の持ち主だった。若き探偵・伊達鳥宗が白い歯を浮かべた。


「あれは『CM』だよ」

「CM……?」


 薫と呼ばれたセーラー服の少女が、小首を傾げる。伊達は壁際のこぢんまりとしたソファに座り込んだ。


「嗚呼。これからは探偵業だけじゃなく、広告収入で生きていこうと思っていてね。事件の依頼と依頼の間に、試験的に『コマーシャル』を挟んでいるんだ」

「言ってる意味が良く分かりませんが……映像の間ではなく、物理的に挟むんですか?」

「そっちの方がトレンディなんだよ。時代はダイレクトマーケティングさ」


 そう言って伊達は笑った。ますます理解不能だったが、今はそれどころではない。谷繁薫は気を取り直して伊達に向き直った。


「それより先生、大変です!」

「どうしたの? そんなに慌てて……」

「事件です! 殺人事件なんですよ!」

「何だって!?」


 伊達が持っていたマグカップを放り投げ、口から紅茶を噴射した。マグカップは向かいのTV画面を割り、その衝撃で棚は倒れ窓は割れ、屋根は飛んで行き床が抜けた。崩壊していく壁を呆然と見つめながら、ハッと我に返ったかのように伊達は立ち上がった。


「こうしちゃいられない……!」

「先生!」

「嗚呼、薫君……『CM』のチャンスだ!」


 こうして全てを失った伊達は、広告収入に一縷の望みをかけ、事件現場へと急ぐのだった。



「先生、そこの角を右折です」

「いや、このまま真っ直ぐ行けば、表通りにでっかいマヨネーズの看板が見える……。看板の下を車が通る画を撮っておきたい」

「画っ!?」


 探偵と助手、二人を乗せた車が直進した。現場に到着した時には、すでに陽は落ち、辺りは闇に包まれていた。何故か回り道を選び、ゆっくり余裕を持って現場に到着した伊達は、寒そうに身体を震わせた。


「此処が殺人事件のあった旅館、か」


 伊達は山奥にある、小さな旅館を見上げて呟いた。TシャツとGパンの上に灰色のコートを羽織り、頭には鹿撃ち帽を被っている。その右手には、マヨネーズが握られていた。

 早速建物内に足を踏み入れると、大広間に女将や旅館の関係者、宿泊客などが大勢集められていた。伊達はじっくりと彼らを観察し、

「対象年齢10代から60代、か。なるほど、顧客層は中々幅広いな……」

「何の話をしてるんですか?」

「いや……先に現場を見ておこう」

 二人は奥へと進んで行った。


「何だ、君は?」

「広告の者です」

「広告?」


 死体は奥の大浴場にあった。「ゆ」と書かれた暖簾の前で、強面の刑事がジロリと、現れた伊達たちを睨んだ。暖簾の向こうでは、大勢の人間が写真を撮ったり、指紋を採ったりしている。


「ここに広告を出してもよろしいですか?」

「帰れ。此処は部外者が来る場所じゃない」

「薫ちゃん!」

 すると、向こうから薫と同じ制服を着た少女が駆け寄って来た。どうやら同じ高校のクラスメイトらしい。

「小麦ちゃん!」

「貴女は……女将さんの」

 刑事が戸惑ったような顔を浮かべた。小麦と呼ばれた少女は、この旅館の女将の、一人娘であった。殺されたのは、この店の主人。彼女の父親だった。


「私が呼んだんです」

 そして容疑者として浮上したのが、何と被害者の妻……女将だったのだ。


 薫と抱き合った小麦が、強面の刑事の方を見上げて言った。それから伊達の方に向き直り、

「お願いです、探偵さん。事件を解決してください。このままじゃお母さんが……」

「探偵?」

 小麦は涙を浮かべて懇願した。刑事がさらに驚いた顔をして伊達を眺めた。


「任せてください」

 伊達は神妙な顔をして頷いた。


「必ずや事件を解決して見せますよ……『CM』の後で!」


◆♫◆


 こんにちは。

 作者のてこ/ひかりです。

 

 小説の途中ですが、ここで一つ宣伝したいことがあります。


 魔法少女じゃない!

https://kakuyomu.jp/works/16817139555414758172/episodes/16817139555425222155 


 あらすじ:

 柄の悪さ。能力のなさ。血筋。 様々な理由で魔法少女に”選ばれなかった”少女・佐々木小夜子。 こうなったらもう、手段は選んでいられない! 使えるものは何でも使って、少女は闇に蔓延る魔物たちを恐怖のどん底に堕とすことにする。


 はい。元々のコンセプトとしては、ホラー映画に出てくるお化け役の子が、キラキラとした世界に憧れ、魔法少女を目指す……みたいな予定だったのですが、大分主人公の女の子が強烈過ぎて、全員ボコボコにしていく成り上がり譚みたいになっています。

 読んでいただけたら幸いです。


 それでは引き続き、『広告収入で生きていく探偵』後半をお楽しみください!


◆♫◆


「ん? これは……」

「何か見つけたんですか?」


 薫が駆け寄ると、伊達は旅館の庭の片隅、桜の木の根元にうずくまっていた。犬のように地面を掘り返し、穴の奥を見つめている。そこには、小さなマヨネーズの容器が土の中に埋まっていた。


「マヨネーズ……?」

「確か被害者は、毒殺されたんだっけな?」

 伊達が土まみれの顔を上げた。雲はなかった。中天に浮かんだ三日月が、興味深そうに二人を覗き込んでいる。


「はい。旅館の経営者、小麦ちゃんのお父さんが殺されたのは、昨夜未明です。最後に食べたまかないに、毒を盛られていたようで……そのまかないを作ったのが、女将さんだったんです」

 薫が悲しそうに目を伏せた。友達の父親が殺され、しかもその容疑者が母親だったなんて……筆舌尽くしがたい事件に、さぞ心を痛めているに違いない。伊達が笑顔を見せた。


「心配ないさ。本当に女将さんが犯人なら、こんなところにマヨネーズが隠してあるはずはない」

「そう……そうですよね!」

 伊達の言葉に、薫がぱあっと顔を輝かせた。


「やりましたね先生! とうとう決定的な証拠を見つけたんですね!」

「嗚呼。しかし……うーむ。このマヨネーズ……」

 伊達が慎重にハンカチでマヨネーズの容器を取り上げ、しげしげとそれを眺めた。


「どうしたんですか?」

「いや……やはりダメだ」

「え?」

「このマヨネーズはダメだ……もしこれが証拠なら、スポンサーの印象が悪くなってしまう。しょうがない。今のうちに握り潰してしまおう」

「あぁっ!? 先生!?」


 掘り返した証拠を放り投げようとする伊達を、薫が慌てて止めた。


「なんてことするんですか!? せっかくの証拠が……!」

「薫君。殺人事件というのはね、証拠より大切なものがあるんだよ」

「ないでしょう」

「真実はいつも一つだが……大人の世界は、決して一つでは無いのさ」

「何を言ってるのかさっぱり分かりません」


 伊達は遠い目をして少し寂しそうに笑った。なんてカッコ悪い大人なんだ……と呆れつつ、薫は伊達から証拠品をもぎ取った。


「しっかりしてください! そんな他人の顔色ばっかり窺って……先生は探偵でしょう!? 証拠と広告収入と、どっちが大事なんですか!?」

「そ、それは……」

「おい、どうした?」


 二人の騒ぎを聞きつけて、先ほどの強面刑事が庭に顔を出した。


「何か見つかったのか?」

「い、いや……」

「ええ。見つかりました。今すぐ関係者を全員、大広間に呼んでください」

「か、薫君……!」

「何!? 本当か!?」


 薫が鼻息を荒くした。彼女に引きずられるようにして、伊達は証拠と広告収入、二つを天秤にかけ推理に望むこととなった。



「犯人は……貴方です! 103号室に泊まっていた、武雄さん!」

「え、えぇ!?」

「なんだって!?」


 探偵の思いがけない一言に、大広間に衝撃が走る。伊達はゆっくりと鹿撃ち帽を被り直しながら、目の前の男に視線を投げかけた。


「待ってくれ探偵さん」

 犯人と名指しされた男は、驚いたように目を白黒させた。


「俺は犯人じゃない! 俺にはれっきとしたアリバイがある、被害者が殺された時、俺は都内の放送局で……」

「他局の話をここでするな!」

「他局!?」


 伊達は容疑者の話を遮り、咳払いを一つした。


「失礼。あまり事件と関係ない話をしないでください、ということです。それに被害者は毒殺ですから、アリバイはあまり意味がありません。重要なのは……」

「しょ、証拠はあるのか!?」

 大男が顔を真っ赤にして怒鳴り返した。


「俺が犯人だって証拠は!?」

「あります!」

 容疑者の挑発的な態度に、伊達も負けじと声を張り上げる。


「しかし事情があり……あまり証拠を見せたくはない!」

「何……!?」

「なんですって!?」


 探偵の思いがけない二言目に、再び大広間に衝撃が走る。

 

「どういうこと?」

「見せたくないって……それは本当に証拠、なのか?」

「ええ、もちろんれっきとした証拠です。貴方が犯人だっていう、ね。しかしあまり大っぴらにしたくない!」

「なんで?」

「それはなんていうか……こっちにはこっちの事情があるんです!」

「いい加減にしてよ」


 客の一人が痺れを切らしたように舌打ちした。


「人に見せられない証拠って何? それで人様を犯人呼ばわりなんて、それでも貴方探偵なの!?」

「わ、分かりましたよ……」

 険悪なムードの客たちに取り囲まれ、伊達は渋々と例の証拠品を取り出した。


「し、しかし……ここだけの秘密にしておいてください。出来るだけスポンサーの商品に悪い印象をつけたくない。商品名を出さないでください。映像で流す時は、モザイクと音声加工処理を欠かさないように……」

「良いから早く見せなさいよ!」

「ああッ!?」


 こうして例のマヨネーズを突きつけられた容疑者は、顔をマヨネーズ色にしてブルブルと震え出し、やがてマヨネーズのように、床にドロドロになって崩れ落ちた。マヨネーズには犯人の指紋と、少量だが毒物が残されていたのだ。


「こ、これは……」

「武雄さん……貴方が犯人だったのね!」

「し、仕方なかったんだ……」

 皆の視線を浴びた犯人が、ポツリポツリと言葉を零し始めた。


「俺は……俺は×××が●●で……それで。××××のに、◯◯◯、×××! 〇〇、●●◯が、マヨ×。◯◯◯……」

「先生、お疲れ様です」

「嗚呼、薫君」

 すると、薫が伊達の元に駆け寄ってきた。


「犯人、自白したんですね。捕まって良かったですね!」

「そうだな。音声を加工しすぎて、動機の部分はほとんど何を言っているのか分からなかったが……無事に解決できて良かったよ」


 警察に連行されて行く犯人を見ながら、伊達が笑った。その顔は晴れ晴れとしている。


「ありがとう、薫君。僕は広告収入に囚われ……危うく大切なものを見失うところだった」

「先生!」

「これからも事件を解決して見せるよ……『CM』の後で!」


 広告収入で生きていく探偵・伊達鳥宗!

 広告がなくなったらどうするつもりなんだ?

 最後にチャンネル登録と高評価お願いします……『CM』の後で!


 〜HAPPY END〜

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