魔法少女じゃない!
てこ/ひかり
第1話 魔力がない!
「クソ……魔法少女め……!」
月が出ていた。雲はない。
おだやかな風がひやりと頬を撫でる、静かな夜だった。
ふと人気のない裏通りに、低い、獣の唸るような声が轟いた。
「ハァ、ハァ……! よくも俺様を……!」
声の主は全身をびっしりと鱗で覆い、まるで今しがたプールにでも入って来たかのように、だらだらと粘着性の汗を道路に滴らせている。人間、にしては大きい。
全長は、軽トラックくらいはあるだろうか。声の主は、魔物だった。魔物。魔界の生物。この世では在らざるもの。よく見ればホオジロザメに似た顔つきで、二本足で歩き、両手には鋭利な槍を構えている。口を開けば、人間二人くらいは軽く飲み込めそうな化け物であったが……
「チクショウ!」
……だが彼は今、怪我していた。
「あの小娘、よくも……!」
どうやら道すがら、誰かに襲われたらしい。肩から胸にかけて、光の泡のような、奇妙な発光体に覆われていた。
「魔法少女……スイート・リリィめ!」
そう吐き捨てた彼の目は、七色に煌めく表通り、街角のLEDヴィジョンに映る、ピンク髪の少女を捉えていた。
魔法少女・スイート・リリィ。
彼女が今この町で売り出し中の、魔法少女らしい。
歳はまだ稚く、小学生くらいだろうか。ピンクの髪に、ピンク色の衣装を着て。マフィンが先端についたステッキで、”お菓子の魔法”を使い魔物を退治する。その正体は不明。
「今に見てろよ……!」
サメ型魔人は恨めしそうにビジョンを見上げ、やがてニヤリと唇の端を歪ませた。
「アジトに帰れば……大魔神さまに頼んで……見てろよォ。お前の大好きな友だちも、お父さんもお母さんもぜーんぶ、この世をサメだらけにしてやるからなぁーッ! キーッヒヒヒヒ!」
サメ魔人が高笑いし、地面にダイヴしようとした、その時、
「オイ」
「ん??」
「待てよ、デカブツ」
路地裏から、ふらりと人影が現れた。逆光に照らされたシルエットに、サメ魔人は目を細めた。
「誰だぁ〜……テメーは……?」
「見てわかんねーのか」
シルエットが舌打ちした。
「魔法少女だよ」
「魔法少女……!?」
サメ魔人はその太い首を傾げた。
魔法少女リリィ……ではない。
魔人は目を瞬いた。新手の魔法少女だろうか……いや。
そもそもリリィは、いかにも小学生って感じだが。目の前の少女は、どう見ても中学は行っている。
よく見れば髪はピンクではなく、ボッサボサの金髪だし、
リリィのようにくりくりっとした円らな瞳とは反対に、トゲトゲしい、殺気立った目つきをしている。
およそ可愛らしいリリィとは似ても似つかない。
大体服装が、そこらへんの学生服のまんまではないか。
おまけにその両手に構えているのは魔法のステッキではなく、ノコギリと、釘の刺さった金属バットだった。
「マジで誰なん……?」
「魔法少女だッつってんだろうが!」
急に怒り出した少女が、突然手にしていたノコギリで切りつけてきた。ノコギリはあわやサメの額をかすめ、コンクリートの地面に当たり鈍い金属音を立てた。
「うわっ……お前、危ねえだろ! 何すんだ!?」
「何って……これから魔物退治すんだよ。大人しく地獄へ堕ちろ、このサメ野郎」
「ちょ、ちょっと待て!」
サメ魔人が慌てて後ずさりした。
「”お菓子の国”に連れて行くんじゃないのか!?」
「ハァ??」
今度は少女が首を傾げる番だった。サメ魔人は汗を拭った。
「だって……だってリリィ言ってただろ! ”あなたたちみたいな悪い魔物は、お菓子の国に行って反省してもらいま〜す!”って……」
「何メルヘンな夢見てんだ。人を襲った魔物は、地獄逝きだよ。八つ裂きにされるか、蜂の巣にされるかに決まってんだろ」
「そんな物騒な……」
「黙れ!!」
少女が噛み付かんばかりに咆哮し、今度は金属バットで襲いかかってきた。
「死ね!!」
「ぎゃああああ!!」
手負いのサメは、不意を突かれて側頭部を強打されてしまった。だらだらと噴水のような鮮血が、冷たいコンクリートに流れ落ちる。
「か……勘弁してくれぇ! 悪かった……俺が悪かったよぉ!」
気がつくと、サメ魔人は涙目になっていた。
「許してくれ……もう悪いことしないから。反省するからさァ」
「ダメだ」
「へ……?」
少女は氷のように冷たい目つきで魔人を見下ろした。
「テメーみたいなやつは信用できねー、口ではなんとでも言えるからな。これから原型を留めなくなるまで、テメーを刻み続ける」
「クソが!」
すると、サメ魔人が急にギョロッと目つきを変え、それから体を水の中に沈めるように、地面の中に潜った。
「気取ってんじゃねえぞクソ
「ンだとォ!? そりゃこっちのセリフだ!!」
少女は両手の刃物を振り下ろしたが、地面に潜ったサメには当たらない。狭い路地裏を、サメの三角がすいすいと泳ぎ回る。
「馬鹿が! そっちがその気なら……ッ」
素早くサメが少女の後ろに回り、大口を開けて飛び出してきた。
「自然の掟ってやつを叩き込んでやるよォーッ!! 肉団子になりやがれ!!」
「上等じゃねーか、この……」
少女は振り向きざま、ノコギリと金属バット、二刀で歯を受けた。ガキィン!! と鈍い音がして、宵闇に紫色の火花が散った。が、流石に体重差がある。巨体に押され、そのままズルズルと壁際まで追い込まれた。
「ギャハハ……」
牙を剥いたサメ魔人が、勝ち誇ったように嗤う。
「誰が!? 誰を刻むって!? ええ!?」
「ちっ」
金髪の少女が不機嫌そうに、思いっきりサメの頭に唾を吐いた。ノコギリの歯をサメの上顎に突き刺し、一旦左手を離した。強靭な顎の力で、ノコギリはあっという間にペキン! とへし折れる。その間に、制服の少女は腹を弄ると、中から用意しておいた爆弾を取り出した。
「な……」
「爆ッ!!」
魔法の呪文だろうか。
少女は何事か唱え、爆弾をサメの口の中に放り込んだ。数秒後、
ズドンッ
、と衝撃音がして、気がつくと路地裏は、水風船が割れたみたいになっていた。真っ赤な水風船が、周囲に肉片を撒き散らして。
鼓膜が痺れて、しばらく音が聞こえない。ようやく聴覚が元に戻った時には、
「き……貴様……!」
「……すげーな、まだ生きてんのかよ。さすが魔物だな」
サメ魔人は爆発で頭だけになっていた。ひっくり返ったゴミ箱の中身を頭から被りながら、驚いたようにパクパクと口を開く。こちらも返り血を浴びて真っ赤になった少女が、呆れたように口笛を吹いた。金髪少女はポケットから煙草を取り出して口に咥え、
「貴様……何者だ……!?」
「だから、魔法少女だよ」
金属バットを振り被り、フルスイングで魔物の頭を木っ端微塵にした。
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