龍造寺豊との対談
約束の場所には既に、龍造寺氏らしい人物が顔を赤くしながら待っていた。
「龍造寺さんですか?」
私がそう質問すると、彼は答える。
「奥村さんですか? はい、僕が龍造寺です。今日は宜しくお願いします!」
元気な人だ、と私は思った。
「この寒い中でお待たせして、申し訳ありませんでした……道に迷ってしまいまして」
「きっと富山、はじめてなんでしょう? 東京から来ると意外と遠いんですよね。途中におっきな山がありますから……ここまでは、飛行機で?」
「いえ、レンタカーで」
私がそう答えると、彼は大げさに驚いて見せた。
「それは大変だったでしょう! 寒い中でなんですし、どこか店に入りましょう」
彼はすぐそばにあるパン屋へ入ろうとする。私も、雪でぐずぐずになっている足元に気を配りながら彼についていく。
彼は言った。
「アメリカンでいいですか?」
「ええ、はい。あ、会計は私が」
「後でいいですよ、これぐらい! それよりどこか席取っといて下さい」
彼はそう言って私を一度遠ざけた。私は適当な席に座り、彼を待つ。
「お待たせしました!」
そう言って彼も着席する。
「改めまして。記者の奥村剛男というものです。こちら、名刺になります」
「これはこれはどうもご丁寧に!」
彼は常に明るく言葉を返す。快活で、エネルギッシュで、それでいて落ち着きがない。私は彼についてそのように感じ取った。
「でも、あの雪の中で待っていたら本当に寒かったでしょう。申し訳ない」
「そんなことありませんよ! ちょっと外を走ってきましたし」
「走って……?」
あの雪の中を? 私は言葉を失う。
「ええ、はい! 僕の好きな作家がランニングの話を書いているんで、それを読んでからずっと日課にしているんです。楽しいですよ」
「雪の日でもやるんですか?」
「まあ、そこそこやります。僕、健康以外に取り柄ないんで!」
「メールでも聞かせて頂きましたが、龍造寺さんは甲斐さんの中学生時代の担任だったという認識で間違いはありませんでしょうか?」
「はい、そうです。そうなります……でも本当、甲斐さんがあの宮川春子だなんて。確かにテレビで観た時、既視感があるような気はしていたんですが」
「龍造寺さんのように宮川春子ではなく、甲斐さんと関わりがあったという方は皆、同じような話をされますよ」
「そうなんですね……そうなんでしょうねえ。僕も最初お話を頂いた時には一体、何の話をされているんだって思いましたよ」
「甲斐さんのことは今もよく覚えています。とても印象に残る生徒でした」
「あの頃僕は、甲斐さんが何か音楽活動をしているんだということ自体は耳にしていたのですが、それ以上のことは聞いていなかったんです。個人情報の範囲でしたからね。学業に支障をきたすようなこともありませんでしたから」
「十四歳の頃には既に養成所に通っていたようです」
「そうなんですか。でも、学校を休んだりするようなことはあまりありませんでしたよ」
「――龍造寺さんの担当教科は国語だとメールでお伺いしました。授業中の彼女の印象をお聞かせ願えますでしょうか?」
「う~ん……授業については、好き嫌いがとても多いというか。適応力がないような感じで、家も大変そうでしたねえ。それでも私に良い印象が残っているのは、私の担当教科が幸い彼女の好きな科目だったことも大きいんでしょう」
「彼女はやはり、国語が好きだったんですね」
「はい。古文漢文はいまいちでしたが、現代文は好きだったようですね。でもテストの点数はあまり良くなくて……人物の気持ちなんて分かるわけないって答案に書いてあったりしましたね」
「なるほど」
「ですが授業外になると甲斐さんは私に詩の話をよくしていたので、僕がそれに付き合っていたんです」
「好きな詩人について何か、話はありませんでしたか?」
「石垣りんとか……谷川俊太郎。ボードレール、ランボオ。あと詩以外にも小説を。当時流行っていたライトノベルを読んでいたようですね」
「あの子と話をすると、面白いんですよ。本来、解釈が難しいような詩と、読みやすいライトノベルの話を当たり前のように並行で語るんです。あの子の中では詩も娯楽小説もあまり差がなかったようですね。それが何か不思議な感じがしたんです」
そこまで話をして、彼は珈琲をぐいっと一気飲みし、少し考える素振りを見せる。
「そうかあ。甲斐さんがあの宮川春子なのか。人間って分からないもんだな」
「彼女の学生時代を知る人はあまり居ませんので、話の一つ一つが興味深いです」
「そう思って貰えるなら、僕も会ったかいがありますよ……あ、ところで」
「なんでしょう?」
「富山に来られたのなら、ぜひ美味しいものを食べて帰って下さい。幾つか良い居酒屋を知っているので、教えましょう……」
彼はそう言って、笑う。
それから私と龍造寺氏との会談は一時間続いた。
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