白石良美との対話

 そうして会談を終えた後、私は彼から教わった居酒屋に入り、酒を飲む。一杯目の日本酒が出てきた頃、私は日本国憲法から連絡が入っていたことに気が付く。

<いないんですか>

 これが四十分前のメッセージ。

<いないんですね>

 これが十分前のメッセージだった。

 私は返信する。

<今日も取材ですよ>

 数分後、彼女から返答が来る。

<今日はどこまで嗅ぎつけにいったんですか>

<富山まで>

<へえ>

 数分の間を置いて、彼女は言う。

<それは、ご苦労なことですね>

 ねぎらいの言葉だ。珍しいこともあるものだなと私は思う。

<思っていたより遠く、大変でした>

 しかし彼女は次の瞬間には

<へー>

<興味ないですね>

 と、いつもの彼女らしい話しぶりに戻る。

<そうですか>

 既に一杯目の日本酒がなくなっている頃合いだった。話もここで途切れるかと思ったが、意外にもそうはならず、会話は続く。

<でもそれを言うなら、私だって大概遠くに住んでいますよ>

<どこですか?>

<え、そんなこと聞くんですか?>

 彼女に逆に問い質され、私ははっとする。確かにネットで個人情報を聞き出そうとするのは、あまり良い行いとは言えない。……しかし彼女は

<まあいいや>

<もう。なんもないし>

 そう言って、次には

<北海道です。十勝の、本当に何もない場所>

 と、自身の住む場所について話し始める。

<本当に何もないですよ>

<来てみます? 無駄に色々資料ありますよ>

 興味本位、冗談半分と言った調子で彼女はそう発言する。

<十勝か。それは事だなあ>

<でも、君が持っているであろう資料は気になる。色々持っているんだろうね、きっと>

<来ればいいだけの話じゃないですか>

<でもなあ……ううむ>

 ちょっとの間、私と彼女との会話が途切れたので私は店員を呼びつけ、幾つかまた注文をする。二杯目の酒が来る頃に彼女はまた発言した。

<あ、私>

<東京、行きたいです>

 私は答える。

<わざわざ来るの?>

<お金ないけど、行きたいです>

<やることないし。ヒマだし>

<推し、死んじゃったし>

 私は考える。

<つまり、お金さえなんとかなれば東京に来るのもやぶさかではないと?>

 彼女は言った。

<別に私美人じゃないし、会って話して面白いタイプでもないですよ>

<そんなことを目的にしているわけじゃない。僕は今、宮川春子の評伝を書こうとしているんだから>

<資料があれば参照したい。それだけだ>

 彼女は言った。

<資料ね。資料……気になるんですね>

 私は質問する。

<もう一度聞くが……東京、来れるのかい?>

<行きますよ。お金が何とかなるのなら>

<少し、時間をくれ>

 そうしてまた会話は途切れて、私が三杯目の酒を注文した頃に彼女はぽつりと、呟くようにこう、発言する。

<別に、ご自由に>

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