教師からのメール

 エズラ・ネイスンは探偵を雇って宮川春子の周辺に居た人物を探り出しているらしい。その調査活動の結果、甲斐和美や久原涼子を探り当て、私に会談を代行させている。

今回彼が探り当てたのは、宮川春子の小学校時代の担任教師だと言う。

残念ながら日程の調整が難しく、会談はできないという風になってしまったが、メールでのやり取りで情報を提供してくれるように話し、承諾を貰う。

内容はこのようになる。


〈2022/03/02 水 20:11

〈奥村剛男様

〈日程の折り合いつかず申し訳ありません。

〈甲斐陽子さんが宮川春子だったとは知りませんでした。

〈今も驚きが隠せません。とても印象に残る生徒でしたから……。

〈甲斐さんは頭の良い生徒でした。

〈学校の成績自体は良くありませんでしたが、地頭の良い子だと感じていました。ただ、興味関心の領域が極端に狭く、アンバランスでした。

〈例えば彼女は、これが自分の好きな科目だったら、びっくりするほど中身を覚えてきている。なのに、好きじゃない科目は全く駄目。覚えようとすらしません。テストになっても空欄が目立つばかりで、埋めようとすらしないのです。

〈クラスの中でも正直、浮いた生徒だったと思います。

〈きっと家計が苦しかったのでしょう。明らかに身体のサイズと違う大きな服や、年齢に合わない幼稚な服を着ていたりして……。

〈こういう話があります。

〈甲斐さんは音楽の時間がとても好きでした。教科書の前半分にある歌の歌詞を全部覚えてきたりして、それなのに授業ではやらない曲の方が多い、と不満を漏らしていました。

〈私は教師として、甲斐さんが好むものが出てくるならそれは良いことだと思ったんです。

〈けれど、クラスの誰かが……甲斐さんのリコーダーの吹口だけをトイレに放り込んだんです。見つかっても普通、それをまた使いたいとは思いませんよね……でもリコーダーを買い直すことができる家ではない。だから甲斐さんは音楽の時間にいつも音楽室にあるリコーダーを借りていたんですが、音楽教師はその事情に疎くて、甲斐さんを毎回忘れ物をしてくる不真面目な生徒だと考えて、皆が授業でリコーダーを使う中、甲斐さんにだけは吹かせないことがあったんです。

〈それから甲斐さんは音楽の時間が嫌いになったと言っていました。

〈その音楽教師からは「甲斐さんが真面目に音楽の授業を受けてくれない」と話していたので私は事情を説明して、以降はその先生も気を遣ってくれたようなんですが、それでも甲斐さんはその後、一切音楽の時間には興味を示しませんでした……。


〈そういうことがあったものですから、私は今も甲斐さんのことをよく覚えているんです。

〈私のの授業でもどこか受け取り方がズレているというか、別のページや資料集を読み始めちゃったりして、目の前の授業の題材には興味を示してくれなかったり……。

〈教師として後悔していることが沢山あるんです。けれど、彼女に何をしてあげれば良かったのか……今も、分かりません。

〈甲斐さんが宮川春子だと知って以降は尚更です。あんなに若いのに死んじゃって……勿体ないですよ。

〈人生これからじゃないですか、二十七歳なんて……。

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