【INTERLUDE】
余白
奥村剛男、大泉五月両名との飲み会の後。したたかに酔った私は二人に担がれて、新宿の路上をふらふらと歩く。
「ハルコのばか」
自然と言葉が出てくる。嗚咽が止まらない。何故宮川春子は死んでしまったのか? 二十七歳なんて、人生これからじゃないか。人生色々あるだろうし、あの子なりに辛いこともあっただろうけれど――それでも、これからじゃないか。辛いことがあっても死ぬ必要なんてどこにもない。なのに、あの子は死んでしまった。
「すいませんね、奥村さん。クレハちゃん、酒癖良くないんです。今日は特別、良くない」
五月は言う。
「構いませんよ」
奥村はそう返し、笑っている。とは言え、どうにもならない。ふらつきは止まらないし、世界は横滑りしている。真っ直ぐな歩みが高揚によって捻じ曲げられ、あらぬ方向へと踏み出そうとする。次の日はきっと、この世の終わりみたいな気持ちになるんだろう。そうした予測までたてられるのに、酒を飲むことそれ自体をやめることはしない。
「クレハちゃん、まだ調布住みなんだっけ」
五月が私にそう質問する……奥村が居る手前で言って欲しくはなかったが、状況を考えれば致し方ないことだろう。
「そう。京王線で、ちょっと乗ってればすぐ着く」
「電車乗れそ?」
「どうなんだろう」
「じゃ無理だね。タクシー捕まえよう。僕も奥村さんも一人で行けるから」
「そう……ごめんね」
「いいっていいって。そういう時もあるでしょう。誰にだってさ」
すぐそばの道路で手際良くタクシーを捕まえて、私はその車両に半ば押し込まれるような形で座り込む。
「調布駅まで」
「とりあえず調布」
五月と私の声が重なる。タクシーの運転手はつまらなさげに一言
「承知しました」
と言って、車を走らせ始める。
粗い運転だ、と感じた。揺れる身体と胃の中身が別々に動いて気持ちが悪い。
不自然な体勢を直して、深く席に座り込む。シートベルトも一応する。
街道上の等間隔に配置された光と信号機の二色が交互に目を刺し、私の気分を害そうとする。ロクでもない夜だ。
「ミヤカワ、ハルコ……」
私は一人小さくそうつぶやいた。運転手の耳に届いているかは、分からない……。宮川春子。ハルコ・ミヤカワ。その名前だけが、思考力の落ちた脳内で残響する。暗いタクシーの車内で私は、彼女のことを考えながら――眠りに、落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます