元プリズムメンバーとの歓談

 その日、私は木崎紅葉・大泉五月両名と酒を飲むことになっていた。元は二人だけで飲み会をやるつもりだったらしいが、途中から私に声をかけて三人になったのだ。二人は飲みの場に私も同席するよう誘われたのだ……何故、元プリズムの二人の酒の場に、宮川春子の評伝を書いているとは言え、部外者である私を呼び出すのか? 不思議な思いをしはしたが、断る理由もとくになかった。もしかしたら、宮川春子の評伝に繋がる話が何か飛び出てくるやもしれない。

新宿駅西口にある個室居酒屋で待ち合わせる。二人はもう既に店に入っているらしい。

「待ち合わせの者です。山口さんの席です」

 店員にそう言うと、私は席まで誘導される。

「お待たせしました」

 二人はまだ酒を頼んでいないらしい。

木崎が言う。

「全然待ってませんよ。ね、五月くん?」

 唐突に話題を振られ、五月が動揺する。

「えっ僕? いやまあそうですね。ぶっちゃけ僕らも十分ぐらい前に入りましたし」

「聞いて下さいよ、奥村さん。こうね、腕絡めて恋人風にしてやろうと思ったら、五月くん物凄い嫌がるんです」

 可愛いですよね。そう言って、木崎は笑う。

「冗談じゃないですよ。自分が女であるという自覚がないんだ。昔から」

「いやあ、それはあると思いますよ。私は」

 そう言って私は二人の前で、わざとらしく笑って見せる。

これが本来の二人の間合いなのだろう。部外者は私だが、この場に合わせる他あるまい。

「一杯目どうします?」

 木崎が私にそう質問する。すると、私が答えるよりも先に彼、五月が言葉を返す。

「生!」

「あんたには聞いてないんだけど」

「どうせ聞くんでしょ。先に言っちゃえば楽じゃん」

「昔からあんたはそうね……奥村さん、気にしないで下さいね」

「では私も生で」

「そうなると、私だけ一人水割りってわけにも行かないわけだ」

 木崎は三人分の注文を入れる。酒はすぐに来た。木崎が音頭を取る。

「この一杯を、今は亡き宮川春子へ」

 五月が言う。

「ハルコちゃんへ」

 私は言った。

「宮川春子さんへ」

 そうして飲み会が始まる。いざ飲み始まるとペースが早いのは木崎の方で、五月の方は程々といった感じだった。

「でも本当、死んだって聞いて驚いたわ」

「僕だって驚いたよ。現実感がない」

 二人の間で会話は続く。

「現実感って言えば、そもそもあいつには最初からそういう、地に足ついたような感覚はなかった気がするわ……徹頭徹尾、最初から最後までどこを切ってもアーティストで、あいつにも過去に私生活があって、普通にメシ食って、そういう日常の動作をしてるって感じがどこにもなかった。ふわふわしてる」

「美少女だったのは間違いないね」

「それが良くない。美女でも美人でもなく、あいつは美少女だった――本当に、それが良くない。だって、美人や美女は歳食ってもやること沢山あるけれど、美少女が歳食ったらやれることなんて全然ないじゃないの」

「お、つまり自分は美人だと?」

「ま、人並みな見た目してないことは分かってるし自覚的だけど、自分でそう言い出す程自信家でもないわ」

「それはそれで嫌味なんじゃないですか。もみじさん」

「その言い方も嫌味!」

「だって嫌味言ってるんだもんな」

「ったく。どこでそういうのを覚えてくるんだか……」

 会話は止めどなく続いていく。酒も重なり、空のジョッキや碗が目立つようになる。

木崎紅葉はやはり向こう見ずな酒の飲み方をするようで、それとは対照的に大泉五月は程々に酒を飲むらしい。

「本当に、何で死んじゃったのよハルコ。なんで、なんで?」

 そう言って彼女は泣き始める。五月の肩を揺すぶって彼女は何度も何度も同じ質問をし続ける。

「あははは、始まった――木崎クレハの泣き上戸。すいませんね奥村さん」

「いいえ」

 まさかここで私が酔い潰れるわけにも行かない。私は程々に、けれども不自然にならないように酒を飲む。

「本当はもう、むっちゃショックなんだから。だって死んじゃったのよ? あいつ。信じられない。私のことをなんだと思っていたの?」

「さあねえ。死んじゃったからね」

「そう。もう――なんでハルコ死んじゃったのよぉ~」

 この繰り返しだ。

「でも、奥村さんが取材に来てくれたのは本当に良かったです。そうでもしなければ、僕らは気まずくて会うこともできなかった」

 五月は、泣き上戸と絡み上戸がミックスされた木崎紅葉を程々に宥めつつ、私に対してそう言った。

「そうなんですか?」

「そうですよ。だって、きっと奥村さんが来なかったらクレハちゃん、阿久津さんに連絡取ろうなんて思わなかったでしょうし」

「あいつもね。昔は本当に良い奴だったのよ。気が利くし、仕事の手際もいいし、運転も上手かった。私の今の目標と言ってもいい。だのに、何よあのザマは。ハルコは確かに死んじゃったし、プリズムも解散しちゃったけれど、でもそんなのはさ、責任ないじゃない。何をくよくよしてるんだか」

「でも、ハルコちゃんが死んじゃったことを一番気にしているのはクレハちゃんだよね」

 五月は笑顔でそう言った。言ってのけた。彼女、木崎紅葉は一瞬真顔になり、その後にまた泣き上戸が入るようになる。

「もう何なのよアイツ。あんな死に方されたらこっちはもう追いつけないじゃない。そりゃあ私だってこれでも? ミュージシャンの端くれですから? 27クラブとか、ブライアン・ジョーンズとか、ジミ・ヘンドリックスみたいな存在への憧れはあるわよ。でも、あの子がそうなるべき理由なんてどこにもないじゃない」

 いいですか? 木崎は私に、奥村に対し指を一本出し、念じるように言葉を紡ぐ。

「美少女が歳食ったら何になるかなんて、決まりきっているんですよ。女になればいい。女という言い方が良くないなら一般人になっちゃえばいい……世間はもう宮川春子なんて忘れて、ベストアルバムが何本も出て、何十周年とかの区切りで音源が出されて、テレビ番組で『あの人は今』なんて言われて、綺麗に歳食って皺の増えた姿を晒せばそれでいいじゃないのさ。ところが何よアイツ、完璧にアーティストやっちゃって。カート・コバーンじゃあるまいし」

「クレハちゃん。でも実際のところ、そうはならなかったわけじゃないか。そうである以上――あまり引きずっても仕方ないんじゃないのかな」

「あんたは分かってない。分かってないわ!」

 私はね。彼女は叫ぶ。

「いずれ私の担当するミュージシャンがね、ハルコ・ミヤカワを超えるのよ。ハルコ・ミヤカワの次に日本が生んだ大スター。そのプロデューサーに、私はなるの。そのために頑張ってるし、あの時のプロデューサーは今の私の目標で、だからあんな腑抜けじゃ困るわけ。分かる?」

「分かる。分かるよ」

「分かってないわ!」

「もう、どうすりゃいいってんだか」

 そう言って五月は笑う。

 楽しげな酒宴。木崎は酔い、五月もきっと酔っている。明るい雰囲気が席に漂う。だと言うのに――何故だろう? この席は、飲み会は何かとても物悲しいような、語り得ない巨大な空白があるような気がしてならない。

私は考える。

この空白。何かが足りない感覚の、その正体とは彼女・宮川春子そのものなのではないだろうか?

確かにプリズムの解散後、彼らと宮川春子には距離が出来た。会う頻度も減っていっただろうし、その間にも宮川春子はスターダムを登り、二人は二人なりに上手くやって仕事をして……時たま会っては酒を飲んだりしたのだろう。けれどもその時、宮川春子抜きで行われる会談には、不在という形で彼女・宮川春子が同席していたような、そんな気がする。……確かに宮川春子は今この場には居ない。けれど何処かで彼女は生き、活動をしている。それは日本の何処かか、或いは世界の何処か。何であれ彼女は不在だが、現実の地続きに彼女は生きていた。存在していた。けれども今、この場に彼女は居ない。死んでしまったのだから、彼女が何処かに居るとすればそれは墓場、土の中だ。

彼ら二人に取ってみれば、宮川春子がどこかで生きて、適当なことをやったり、或いは神がかったパフォーマンスを展開しているということが大事だったのだろう。彼女、宮川春子の死は二人の関係性さえも変質させてしまった。この後の二人がどのような関係になろうと、少なくとも以前と全く同じ関係になることはできないだろう。不在だった宮川春子はとうとう本当の意味で居なくなってしまったのだから。

私は未だに宮川春子の、その虚像の実体を掴めずにいる。彼女、宮川春子とは一体何者なのだ? アーティスト、アイドル、天下の美少女、日本が生んだポップスター。彼女を形容する文言は沢山存在しているのに、どれも本質的ではない。イコールではない。どれだけ近くても、ニアリーイコールでしかない。

 私は二人に質問した。

「結局――私はみんな、とは。彼女の遺言とされるこの言葉には、どのような意味があったのでしょう?」

 私の質問を聞いて、二人はほぼ同時に腕を組み考え込み始める。

先に口を開いたのは五月のほうだった。

「う~ん、何となくだけど分かるような気がする。生前に何度か、そういうようなことを言っていた、ような?」

 木崎が言う。

「そんなこと言ってないわよ。だってアイツがそんなこと言ってたら私、覚えているはずだもの。実際今でも、あいつの口癖は何個か言えるぐらいなんだから」

「それは、例えば?」

 私の質問に木崎は即答してみせた。

「ライク・ア・ローリング・ストーン」

 もう一つあります。彼女は言う。

「ゴー・ダウンライク・ア・リードバルーン」

 これがあの子の口癖。彼女はそう言った。

「どっちも慣用句みたいなもので、一つ目はボブ・ディラン。二つ目はキース・ムーンですね……私が教えたんだか、阿久津が教えたんだか。もう覚えていないですけれど、余程印象に残ったみたいで、後々も何度かインタビューで使っているみたいです」

「まあ、どちらにせよ……あの子の最後の言葉には全く関係ないでしょうね。パっと思い浮かぶようなこともない、お手上げです」

「本当に、どういう意味だったんでしょうね」

 私の言葉に彼女はこう答える。

「――天才の、言うことですからね。私たち凡人には、分かりっこないんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る