76話 盗み聞き

「過去最高順位は?」

学年順位が60位くらいならば50位に手が届きやすい。が....。こいつ、そんな成績よかったっけ。

「...108位。」

ぼそりと雄大が呟いた。

108位....。思わず絶句。

「なんのテスト?」

一応、どのテストで108位なのか聞いておく。全国統一模試とかならば少し話も変わってくるからな。期待はしていないが、一応....。

「入試....」

さらに小さい声で、蚊の鳴くような呟きに俺は耳を疑う。

「は?」

「高校の入試の成績しか100位台取ったことねぇよぉぉー」

108位、しかも、入試とか....。何年前の話だ。高校生の成績っつーか、なんなら中学生じゃねーかよっ!!

「仕方ないだろー。高校の授業、難しいんだもん」

甘えたこと言うなし。


「雄大の母さん、結構鬼畜な事言うな。」

簡単には突破できない難題を条件として提示するあたり、さすが、雄大の母さんっていう感じがする。

「だろー?でも、母ちゃん、有言実行するタイプだから。脅しとかじゃなくて、ガチでやる。赤点1個でも取ったら夏休みが没収される....。」

雄大は、夏休みが母親の支配下に置かれることを想像したのか、ぶるぶると震えていた。


「まぁ、俺には関係ないな....。」

他人事だ。

「そんな事言うなよぉぉ!マジ、この夏をエンジョイできるがが決まってくるんだよっ!!!」

パンッと両手を叩いて顔の前で拝んでくる。

「な?頼むっ!!この通りっ!!!」

「この夏忙しいって言わなかったっけ?」

秋にはアニメ化も控えている。顔出し出演はしないものの、音声のみのゲスト出演なんかのオファーはOKしているからこの夏は執筆活動以外の仕事も多い。


じろとっと視線を送る。

「そこをなんとかっ!!」

俺が結論を出し渋っていると、後ろから声がかかった。

「あの、そのお話、私がお引き受けしましょうか?」


「さ、さく、櫻崎さんっ!?」

雄大が後ろ向きに飛びのいた。そこに彼女の姿が現れた。

「おはようございます。西野君、岡野君。」

夏服のピンクチェックのリボンが這えるブレザーとポニーテール姿の櫻崎さんが、元気な挨拶と一緒に立っていた。


「あー。おはよ。」

俺は何気なく挨拶を返す。雄大は緊張した表情で声を張っていた。

「うっすっ!おはようございます!!」

俺達が挨拶をすると、グイっと身を乗り出してやる気に満ちた表情でこう言った。


「あのっ、さ、さきほどのお話ですけれど、私もお手伝いさせてくださいっ!」

スクールカバンを持ちつつ、俺の顔を覗き込んでくる彼女の目は、澄んだ青空を映し出していて、どうしようもなく清らかな瞳をしていた。

「マジ?です、か?」

櫻崎さんの言葉の意味を理解して思わず敬語になった雄大が、動きをカクつかせながら目をパシパシとしばたたかせている。


「はい。失礼とは思いましたが、ずっと後ろでお話を....」

「どのあたりから?」

俺が聞くと、彼女が申し訳なさそうに自白した。


「前回の中間テストの結果が悪く、岡野君のお母さまが期末テストで良い点を取らないと夏休み、勉強漬けにされる……というあたりから……」

「結構序盤だな。」

「すみません。本当は声をかけるべきでした。」

盗み聞きとは、とても失礼な事を……。すみません。

「いや。こいつの声がバカデカかっただけだから気にすることはない。」

「おいっ!姫様の前で俺を侮辱するなっ!」

櫻崎さんに声をかけられているからか、雄大が変なテンションだ。

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