71話 サクラザキの誕生秘話③
「虹乃彼方、それが、彼のペンネームです。」
俺は彼女の発した最後の言葉に驚きを隠せないでいた。
「うそ....。だろ?」
「ここで、嘘を付いてどうするんですか。」
彼女はまだ不機嫌そうに口を尖らせた。
俺の頭は混乱していた。
「いや、だって、え?」
彼女が嘘を付いていない事は、聞く前から分かっていた。
何故なら、昔、俺はある無名のイラストレーターにコメントをした記憶があったから。
そして、その当時の俺は、小説を書いてはいたが、ファンと呼べる人も少なく、小説投稿サイトの80人のブックマークに心躍っていた時期だったということも。
「え、、、」
ただ、事実に頭が追い付いてこないというか....。
なんていうか....。
過去にこんな繋がりがあったとは思わなかった。だから、フォワー欄を見たらサクラザキさんが下にいたのか。
あの頃の俺は、色々荒れてたし、掘り起こされると恥ずかしい...。
「そして、私は、将来、この人の小説の挿絵が描けるのを夢見て、こっそりイラストをTwitterに投稿するようになったんです。」
「これがサクラザキとしてイラスト活動するはじめの一歩でした。」
■■■■■
「そんな古参だったんだな。」
「はい。」
櫻崎さんは、少し恥ずかしそうに、頬を紅く染めた。
そして、小悪魔的顔でこう言った。
「もちろん、先生の非公開にした小説も全部読んでいますよ。」
「ぐっ。なんか、俺の黒歴史まで知っているのは、ちょっと、恥ずい。」
口元を手で隠して上目遣い。いたずらっ子の顔だ。
「ふふふ。とても面白かったです。」
俺が羞恥に駆られ、ポリポリと頬を掻くと櫻崎さんは楽しそうに、髪の毛を揺らして笑っていた。
■■■■■
「それで?そこからどうなったんだ?」
俺が話の続きを催促すると、彼女は、『はい。』と返事をして物語の続きが始まった。
■■■■■
「私のイラストレーターの活動は、学校の友達はもちろん、家族にも使用人にも言っていませんでした。櫻崎の一族が、そんな風俗のような活動をしている事が知れれば、何を邪魔されるか分かりませんし、Twitterでは、サクラザキ、という一人の人間として接してくれる優しい方達ばかりでしたが、私が万が一にも櫻崎一族と関わりがあると知れば、絶対に名前を不用意に悪用する人も出てきますでしょうし、反感を買うのは目に見えていましたから。」
まるで、昔、櫻崎という家名だけでいじめられていたかのような口調に、少しだけ彼女の幼少期の生活状況が垣間見えた気がした。
「色々とSNSについて勉強を深めていると、アナログイラストより、デジタルイラストのほうが人気があると知り、お小遣いを溜めて液タブや左手デバイスを買ったりパソコンを買いました。もちろん、活動名はサクラザキ、偽名です。」
正体を隠してイラストを描いてくことは別に、難しい事ではなかったです。
就寝前や、早朝、少ない自由時間を自分なりにやりくりして、私はイラストを描き続けました。
自分の知名度を上げるため、フォロワー数を伸ばすために、ハッシュタグを活用してイラストを投稿したり、グループや個人の企画に参加してイラストを無償提供したり、配信者さんのライブにゲストで呼ばれた時は、仲良くなった活動者仲間のアイコンを描いてあげたり……。
気づけば、フォロワー数は1000,10000と増え、自然とフリーのイラストレータとして、Vtuberやゲーム実況者さんのサムネイラストを描いたり、ボカロPさんや歌い手さんのMVイラストを有償制作するようになっていました。
このイラストを依頼してくる人達は、皆、私を櫻崎家の色眼鏡として媚びるためではなく、純粋に絵師、サクラザキのイラストを欲してくださっているのだと思うと、とても嬉しく、これから、もっと、サクラザキとして活動を頑張っていこう、界隈を盛り上げていこう、ファンの皆様に喜んでもらう事を考えようと思うようになりました。
中3になり、本格的に進路をどうするのか、櫻崎絃葉への周囲の関心はそこにありました。
恐らく、このままストレートで高等部に入学し付属の名門大学へ進学するのか、英才教育が受けれる高校へ入学し、将来、東大、海外留学等、高学歴を視野に受験を決めていくのか、とおじい様や親戚の方々は思われていたのだと思います。
私としては、このままサクラザキとしての活動にさらに力を入れていきたいという気持ちが日に日に強くなっていたので、
このまま高校受験をせず、お嬢様として学園に留まるか、勉強と趣味の時間を確保しやすい府立の公立高校に通うか。
その2択に絞られていました。
「けど、それ、あのじーさんが許したのか?」
俺が聞くと、いつかの出来事に思いをはせるように櫻崎さんははかなげに首を振った。
「『公立高校を受験したいです。』その話をすると、おじい様は蔑んだ目で私を見下ろしながら『公立高校は平民や凡人が最低限の教育を学びに行くところだ。お前みたいな高貴な令嬢が行ってもつまらんだけだろう。』そう皮肉を言われ『そのような嘲笑できるような孫にわしは育てた覚えはないがな、まぁ、一応理由は問おう。何故だ?』そう半ば脅しのような態度で理由を聞かれました。この時、私は、あぁ。これは何を言ってもおじい様には認めてもらえないのだろうなと心のどこかで我慢の糸が切れた音がしました。この人は私が何を言っても、自分の言いなりに動けない人は切り捨てる、そんな人なんだろうな、と。私が私の話をする機会はこれで最後になるかもしれない...そう思いつつも、これ以上、おじい様の奴隷少女としてロボットのような色気のない生活に縛られたくないと沸々と色々な感情が溢れ出て、先の事など考えずに、私は、サクラザキの活動の事を自白しました。」
櫻崎家のお嬢様、そのレッテルが貼られ息が詰まるような思いで人々の過度なエゴと期待に怯えながら生活する毎日を想像すると、とても胸が締め付けられる気がした。
「『私はこれからも、イラストを描いて、Vtuber、配信者の皆様に貢献したいです。それが、私の今、やりたい事なのです。』そう言いました。今、思い返すと、どうしてあんな大胆な言葉を口にしてしまったのでしょう、と少し後悔していますが...。」
話の中に自嘲が入るたび、彼女の顔が泣いたように笑っている。
「すると私の話におじい様は顔を吊り上げ、バンッと机を叩いて立ち上がり、『櫻崎家の人間であろう者がそんなはしたない金儲けをするなっ!!』と怒られました。正直、おじい様の激怒にすくみ上り息が詰まりました。その時、中学生ながらに悟りました。『あ、この家で一番敵に回したらいけない人に嫌われてしまったな...』と。『一度頭を冷やして真剣に考えなさい。お前の将来がかかっておる。』そう一言呟き私に退室を命じられました。
「次の日、学校から帰ると、私の部屋のクローゼットの奥に隠していたノートパソコンや液タブ、コピックや画用紙など私が、今まで必死に集めてきた画材道具が消えていました。」
恐らく、おじい様が使用人に言いつけたのだと思います。
へたっと笑う彼女の声と顔が釣り合わない。
「クソだな....。」
息を吐き捨てた俺に、櫻崎さんは何も言わず、ただただ、静かな瞳でうつむいていた。
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