59話 隠し事の隠し事
急に掴まれたからか、ふわりといつもより濃い香りが舞った。
「えっ?」
そのせいで、彼女の存在を近くに感じたからか、自分でもびっくりするくらい驚き掠れた声が出た。
「あ、あの...」
うつむいたままの顔をゆっくりと上げて、目を合わせた彼女の瞳は助けを求める子犬のような上目遣いで、眉は困ったように垂れ、唇を噛み締めるようにきゅっと結ばれていた。
「あ、えっと、やっぱりなんでもない……です。」
櫻崎さんは握った袖を慌てて放した。
「なんでもなくは、なさそう、だけど...?」
「あ、えっと、ほ、本当になんでもないですっ!!すみません、いきなり。では、私も帰りますね。今日は迎えの車が来ているそうなので、、、」
「あ、ああ。校内で流れる櫻崎さんの噂を全て鵜呑みにする訳じゃないが、門限が厳しいって聞いている。遅くなると皆心配するだろう。」
俺は、いつか聞いた櫻崎さんの噂の一つを口にした。
「そ、そうですね。」
顔を上げた櫻崎さんは、いつもの表情に戻っていた。
優しく清楚な完璧超人のお嬢様。
この言葉で櫻崎さんは自分を着飾って強く見せているだけで、本性はどこか遠いところへ隠しているのかもしれないという俺の疑問が確信に変わった瞬間だった。
「大丈夫です。今の私を心配してくださる人などどこにもいませんから。」
この時の櫻崎さんは、はかなげに笑いとても大人じみて見えたが、どこか寂しそうでつらそうだった。
「では、私、今日はこれで失礼しますね。少し寄りたいところがありますので.....。」
そう言って、櫻崎さんは俺に背を向けて去っていった。
残された俺は、なんとも言えない疎外感を抱えながら、帰路についたのだった。
「あの人は何を抱えて生きているのか.....」
街明かりに照らされた駅前で空を仰いで俺は呟いていた。
■■■■■
「あー。もう、こんな時間か。」
櫻崎さんと別れ、帰宅早々、執筆活動に勤しんでいた俺は、今日も使えなかったベッドを横目に、パソコンの前から立ち上がり、学校の制服に着替える。
言うまでもなく本日も徹夜明けだ。
「にしても、やっと梅雨が明けたと思ったら、もう、明後日、7月か。」
俺はブレザーのネクタイを閉めながら壁にかかるカレンダーを見た。
「そろそろ、夏服出しとかないとな。」
クラスメイトの大半が衣替えを終え半袖姿の中、最高気温30度を超えそうな真夏日にもまだ長袖のブレザーに手を通す俺。単に面倒なだけなんだが、そろそろはたから見れば変人だ。
夏服どこやったっけな...。
まぁ、帰ってからやろう。
俺は道中に食す朝御飯用の10秒チャージゼリー飲料とスティックパンを片手に、家を出た。
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