52話 出版社へ
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放課後。
今日も家には帰らず、学校を出たその足で出版社に向かった。
櫻崎さんも同じ場所へ行くのだから声を掛けて一緒に行くのが礼儀かと一瞬考えたが、俺と櫻崎さんが一緒に下校している姿を見られると、それは、それで騒ぎになりそうだなと思い寸前のところで踏みとどまった。
学生の帰宅時間と重なり、若干混雑した電車内は、昼間の日差しのせいか、エアコンがついているのにも関わらず、少しムッとしていた。
出版社に着き、受付に顔を出すと、もう話は通っていたみたいで関係者パスポートも見せず顔パスで社内に入れた。いつもは、山本さんが迎えに来てくれて部屋まで案内されるのだが、今日、山本さんの姿はない。会議室の部屋番号を聞くといつも作業で使っている部屋だった。受付のお姉さんが会議室まで案内しましょうか?と尋ねてきたが、もう何度も出入りしているし、忙しそうにしていたので、大丈夫ですと断った。
エレベーターに乗り、いつもの階数でおりた。廊下で社員と思しき人とすれ違い、頭を下げると、俺の顔を認知していたのか、ペコペコと頭を下げ通り過ぎて行った。
特に、苦戦することもなく、見知った会議室へたどり着くことができた。
会議室の扉の隙間から中の明かりが漏れていた。
もう、中に誰か来ているのだろう。
3回のノックをして、部屋に入る。
扉を開けると、既に櫻崎さんが座っていた。
学校が終わるタイミングは一緒だったはずなのに、、彼女の早業に驚いて挨拶もせず口にしていた。
「先に来てたんだな。」
櫻崎さんは、俺が声をかけると、机の上に開いていていた何かのノートをパタリと閉じ、振り返った。
「あ、西野君。お疲れ様です。」
ハーフアップにされた髪がふわりと動き、櫻崎さんの透明で艶やかな白い肌は、室内灯に照らされて少しだけ赤く染まっていた。
「お疲れ様」
俺は櫻崎さんの向かいの椅子に荷物を置き、その隣に腰を掛けた。
「一本早い電車だったんだな」
俺が教室出たとき、もう居なかったから。
「はい。」
言葉数にすれば少ないが、それでも言葉の抑揚のつけ方から、彼女が嬉しそうにしていることが伝わってくる。
「実は、どうして私達が呼ばれたのか気になって、いてもたっても居られなくて....気づいたら速攻で校門を出ていました。」
落ち着きなく、恥ずかしい話ですが....すみません。と櫻崎さんは悪くもなんともないのに非礼した。
「そうか。」
教室では、落ち着きはらった上流階級のお嬢様的雰囲気を醸し出しているが、彼女の本質は、心配性で、ややおてんばな傾向にあるのかもしれないと最近感じてきている自分がいると気づいた。
「山本さん、今、会議らしいな」
「のようですね。私も受付の方から聞きました。なんでも、予定していた会議が長引いているとかで....。」
どうやら、櫻崎さんは俺が来る15分くらい前に受付のスタッフに連れられてここへ上がってきたらしい。
「俺ら2人で呼び出しって、なんだろうな。多分、8月刊行の件だと思うけど...。」
作家と絵師、二人同時に呼び出しなんて聞いたことがない。
なにせ、携わる分野が違うのだから。
「やはり、作家さんとイラストレーター同時に招集がかかる事は珍しいですか?」
「そーだな。基本、絵師さんとの会話は間に担当編集が入ってする事が多いし、作家から直接絵師に連絡って事あんまりないな。挿絵やキャラデザのやり取りでも、担当編集から仲介して下りてくるし....。同じ作品を作っていても、全くと言っていいほど直接的な交流はないな。俺がお世話になってきた絵師さんでも、実際に会った人は、片手に入るくらいだ...。それも、一緒に作品作り始めて1年後とかに機会があって偶然、みたいなのがほとんど。作家と絵師の対面での交流なんて年末の謝恩会くらいじゃないのか?」
正直、作品手掛け始めて数カ月で絵師さんと交流しているのは今回が初めてだ。
「そうなんですね。」
櫻崎さんが興味深そうに傾聴していた。
「今、一番考えられるのは、出版許可が下りた小説になにかミスが発見されたとか、かな?」
「ど、どどうしましょう。もしかしたら、私が入稿したデータに不具合があって、、、とかだったら。」
俺は、ふと思いついた事を口にしただけだったが、櫻崎さんは随分と真に受けてしまったみたいで、あわあわあわと、青ざめていた。
なんだか悪い事をした。
「その対応を協議するために今、山本さんたちの会議が長引いているのだとしたら....。」
色々と悪しき事を想像してしまったらしい。櫻崎さんの瞳がウルウルとし始めた。
「や、それはないと思うけど。だって、俺も挿絵の最終チェックしたし。」
データは見れたから不具合はないと思うよ。会社でもバックアップはいくつも取ってあると思うし。それに、あの程度のイラストで18禁に引っかかるとは思えない。山本さんから正式に出版許可が下りたと報告があったんだ。取り下げられる真似はないだろう。
「で、ですよね!」
「ああ。だから大丈夫だ。」
慌てて正論で取り繕うと、安心したように緊張を緩めていた。
ただ、呼び出しの理由が一向に思い浮かばない俺は少し不安を感じながら山本さんの来訪を待っていた。
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