46話 帰宅中

■■■■■



来たときは、まだ西日が照りつけていたのに、

外はすっかり夜だ。


オフィス街だからか、疲労困憊なオーラ漂うサラリーマンがちらほらいるくらいで、昼間に比べると、会社から駅まで続く大通りは閑散としていた。



俺は、こんな時間に高校の制服着てたら補導されるかも...とくだらない事を考えながら、櫻崎さんの横を歩いていた。

「でも、今でも信じられません。西野君が虹乃先生だったなんて....」

櫻崎さんが、余韻に浸るように両手を前で合わせ、ぽわーっと空を仰いだ。

「ん。俺も、担当のイラストレーターが櫻崎さんだったとは未だに信じがたい。」

「これから大変な事があるかもしれないですけど....頑張るので、よろしくお願いしますね。」

「それは、こっちのセリフだ。よろしく。櫻崎さん。」

「はいっ!」



■■■■■


櫻崎さんと会話を交わしたのは、

あの時くらいで、



それから、特に話す事もなく、

無言で駅まで歩いた。



10分くらい歩くと、

駅へ続くエスカレーターが見えてきた。

その頃にはもう、

俺と櫻崎さんの歩く距離は、

完全に、赤の他人状態になっていた。


流石に何も言わず帰るのは失礼だよな。


駅に続くエスカレーターの前、

タクシーが待機しているロータリー広場で


一旦、立ち止まり、

後ろを歩く櫻崎さんを振り返った。



「じゃ、俺、こっちだから。今日は、お疲れ。」

「はい。お疲れ様です。

ありがとうございました。」



「また、な。」

「はい。失礼します。」

そう小さく挨拶を交わし、俺達は別れた。




エスカレーターを降り、

改札口の電光掲示板を見上げる。



終電までにあと、6本くらいは電車があった。

今日は、早いほうだな。



この後...、そうだな。


帰って、ちょっと仮眠とって、

朝方、作業するか。


流石に今、2轍する気力はない。

疲れた。


ぼんやりと考え事をしながら、

改札口に交通系ICカードをかざし、ホームへ降りる。


ぼーっと電車を待っていると、同じホーム、

車両1両分離れた場所に、


先程別れたばかりの櫻崎さんが立っているのが見えた。


え?


チラチラと時計を気にしている。

俺と同じく電車で帰るみたいだ。



意外だった。



こんな深夜だし、

女子高校生だし、

何より、良いとこのお嬢様だと聞いている。


ならば、執事やお手伝いさんが彼女を迎えに来るんだろうなと思っていた。


だから、あえて、迎えの車を呼びやすい、

ロータリー広場で別れたのだが。



お嬢様は、電車で帰るのか。

話に聞くより、随分、庶民派なお嬢様だな。



■■■■■



彼女の家の場所まで把握していないが、

どうやら方向が同じらしい。


やって来た電車に乗ると、櫻崎さんも、

1つ後ろの女性専用車両に乗り込むのが見えた。


まぁ、高校も同じだから。

家もそっち方面なのかもしれない。



そして、程なくして、俺が、最寄り駅で下車すると、先に降りていた櫻崎さんが、改札口を出ていくのが見えた。



どうやら、最寄りの駅まで俺と同じらしい。




俺は櫻崎さんの後を追うように、

改札を出た。

こんな時間だからか、駅前の停留所に止まっているタクシーの数はまばら。


櫻崎さんは、コツコツとローファーを鳴らし、前を歩いてゆく。



駅前のロータリーに目もくれず、歩く様子から、櫻崎さんは、この駅にも迎えの車を呼んでいないみたいだ。


お嬢様って、皆が皆、メイド、執事のお世話を受ける訳じゃないのかもな。

コツコツとローファーの音が響く。

別に俺は後をつけている訳じゃないぞ。

方向が同じなだけだ。

不審者では断じてないからな。

心の中を言い訳で埋め尽くしながら、俺はマンションへ帰る道筋をたどる。

途中の交差点で、櫻崎さんが左に曲がった。


あっちのほうに櫻崎家ってあったっけ?別館とかか?

けど、駅の西側って古いアパートとか治安の悪い繁華街が多めの格安マンションとかがあるイメージだけど...。まぁ、俺が知らないだけか。

そんな疑問を思いつつ、俺は櫻崎さんとは反対方向の信号を右に曲がった。


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