41話 2人きり

プルルル、プルルル。


カチャ。

仕事モードの山本さんが素早く立ち上がり壁に掛かった内線用の受話器を取った。

「はい。201会議室、編集部山本です。」



「.....はい。はい。今度の刊行本の事ですか?」

どうやら、山本さんを編集部がお呼びみたいだ。



「はい。...いや、すみません、

今週中には用意できる予定なのですが...。

今すぐはちょっと....。はい。

今、虹乃先生の対応中で....。」



「はい。え?!、編集長が?!」

俺の対応をしていると言って断っていた山本さんだが、ボスの名前が出て顔色を変える。



「わ、分かりました!!

すぐ伺います!!....はい。

....はい。失礼致します。」



編集長と言う意味深なキーワードを残して、山本さんは電話を切った。



そして、俺達の方を振り返る。



「....編集長から、呼び出されました....。

すみません。少し席を外しますね。



先生は、早めにそのサインを、

終わらせておいてください!!」

すっかり存在を忘れていた色紙の山を指さし念を押す。


そして、最後に


『サクラザキ先生も良ければ、

このまま、ここに居て下さい。』


と付け加えて、慌ただしく会議室を出ていった。








そして、俺達は、また、2人きりになった。



山本さんが出ていって、

残されたのは、俺と櫻崎さんだけ。



.............(沈黙すること数分)....‥‥‥‥‥



いくらか山本さんに、気まずい空気を崩してもらったとはいえ、ほとんど初対面の状況に変わりはない。



さっきまでの会話のテンポはどこへ行ったのか。

全て、山本さんのリードによるものだったと実感した。

お互いに話すタイミングを見失い、

変に、そわそわしている空気が漂う。



けど、このまま黙り込むのもよくないよな...。


そう思って、俺は、向かいにうつむき加減で座る櫻崎さんに向き直った。




「えーっと、櫻崎さん...」

顔を上げてもらいたくて、名前を呼ぶ。


「は、はひっ!!」

いきなり俺が名前を呼んでしまったからか、

ぴくっと体を震わせ、盛大に舌を噛む。



痛そうに眉を垂らしていた。

悪いことをした。



「だ、大丈夫か?」



「はぅぅ。だ、い、じょぶ、です。すみません。」

恥ずかしさか、痛さかで、

櫻崎さんの顔が紅く染まる。



「...。そんなに、緊張しなくてもいいから。

気楽にしててくれ。」

俺は彼女の緊張を解き放とうと声を掛ける。



普段はクラスメイトだし、

なにより、学校カーストで言えば、

彼女の方が身分が上だ。


俺を恐れる理由など、何もないはず。



「は、はい。」

しかし、彼女は相槌だけをうち、

また、口を紡ぐ。




沈黙で静まり返る部屋ほど、

居心地が悪いものは無いので、



俺は、手元の作業を進行させつつ、

他愛もない会話を投げようと思った。




「えっと、、、びっくりした。

まさか、櫻崎さんが、サクラザキ先生だったとは...」

まぁ、確かに、苗字と呼び方は一緒だけど、

まさか、同一人物だとは思わなかったよ。



「櫻崎さん、絵、上手いよな。

上手い、というか、プロっぽい.....。

...いや、もう、サクラザキ先生はプロか。

こうして、お金が発生してるんだもんな。」



櫻崎さんが喋らない分、

俺がくだらない会話を長引かせる必要がある。



「絵、得意なんだな」



「...ありがとうございます」

俺が褒めると、嬉しそうにマロン髪が揺れた。



「学校だと、普通科おれらは絵を描く授業なんてないから。櫻崎さんがイラスト得意だって、知らなかった。もしかしたら学校の奴ら、誰も知らないんじゃないか?」

別にそんな意図は無かったが、

学校と言うワードに櫻崎さんは顔を曇らせた。



「...あ、学校では、この事は出来れば秘密で...。」

この事、というのは、櫻崎さんがサクラザキ先生で、活動をしている事を指すのだろう。



「....私がイラストレーターをしている事は、誰にも言っていないので.....。内密にしてもらえると助かります.....。」



俺が学校で言いふらすと思ったのか、口止めされる。



勿論、言いふらすつもりなんてない。



俺の口の軽さ以前に、

気安く噂を広められる友達もいないしな。




「分かってる。

もちろん、ここだけの話にするよ。」



人間、生きていれば、

秘密の一つや二つはあるものだし。



俺が二つ返事で頷くと、

櫻崎さんは、明らかにほっとした表情をした。

もしかしたら、過去に、

これ関係で、何かあったのかもしれない。


「ありがとうございます。」

深々と頭を下げられた。

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