38話 ぇ?は?「「えっ?」」
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ガチャリと扉が開く。
「先生〜。戻りました~。」
元気に、山本さんが帰ってきた。
「おかえりなさい」
別にここは、俺の家ではないが、
状況的に、お客様を出迎える立場であるから、
俺は作業している手を止め、
部屋の入口に目をやった。
「どうぞ、どうぞ。
サクラザキ先生も入ってきて下さい。
中に、虹乃先生がいらっしゃいますよ〜」
山本さんが廊下に向かって、手招きをしている。
「は、はい。」
初めて聞くサクラザキ先生の、
少し緊張気味で細めな声がした。
ん?
このとき、
俺の頭の中で、一瞬、疑問が生まれた。
が、答えも出さずに気のせいだと片付けた。
■■■■■
「し、失礼、します....。」
そう言って、1人の女性が部屋に入ってきた。
最近覚えた、高貴な柔軟剤の香りが、
何故か、ふわりと部屋に舞った。
「は、はじ、め、まして...。
イラストレーター、の、サクラザキ、です。」
彼女は緊張のせいか、噛み噛みで、きゅっと目をつむって、深々とお辞儀をした。
ずっと、うつむき加減だから、
はっきりと彼女の顔が見えない。
「に、虹、乃、先生の作品が大好きで、
今回は一緒にお仕事をさせて貰える事、
大変、光栄に思っています!!!」
言い切ったところで、
サクラザキ先生が、ぱっと顔を上げた。
俺と目が合った。
■■■■■
サクラザキ先生が入ってきた。
俺は彼女の姿を見た瞬間、
正直、声が出せなくなった。
俺の頭の中で、何十回も繰り返したシュミレーション。
緊張気味に入ってくるであろうサクラザキ先生に、
俺は、人気作家の威厳を見せるべく、
落ち着いて、挨拶を交わす。
自己紹介をして、名刺を交換して
ついでに、俺のデビュー作にサインでも描いて、プレゼント。
「今回は仕事を引き受けてくださりありがとうございます。あと、俺の作品を好きでいてくれてありがとうございます。」
とありったけのファンサービスをして、これから一緒に仕事をしていくからと、サクラザキ先生の士気を上げるつもりだったのに....。
そんな計画は、一瞬にして砕け、
蒸発して、消えていった。
■■■■■
肺胞で待機していた挨拶用の空気は、
声帯で音を鳴らすのを忘れ、
口から、パクパクと出ていく。
正直、心臓が止まるかと思った。
息をするのも忘れていた。
俺は、脳内で覚醒剤を作り出せるようにまってしまったのか?と怖くなった。
本当に、これは幻覚だと思った。
こんなにも、俺が現実逃避をしている理由は、
俺の目の前に現れた人が、
俺と同じ高校の制服ブレザーを着ていたから。
そして、
山本さんが、サクラザキ先生と呼ぶ、彼女が、
俺のクラスメイトだったから。
極めつけは、
その彼女が、学校一の人気者であり、
日本を背負う、財閥の孫娘だったと言う事だった。
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入ってきた時は、顔が、見えなかったし、そんな偶然、あるはずがないと思ったが、
彼女と目が合って、それが、
幻覚でも妄想でもない事実だと確信した。
だから、俺は、
最近、覚えた、彼女の名前を口にした。
「さく、ら、ざき、さん?」
そして、彼女もまた、つむっていた目を開けて、
目の前に立っている俺に目を丸くして、言った。
「ふぇ ?!.... え?!....に、にしの、くん?!」
どうやら世間は狭いみたいだ。
■■■■■
気付けば俺達は、
目の前にいる相手の名前を
反射的に口にしていた。
「櫻崎さん?!」
「西野君?!ど、どうして..」
この時、お互いに、
思考が数秒、停止していたと思う。
驚いた。
会議室に入ってきた緊張気味な女性。
マロンクリーム色、ロングヘアの女性は、
俺と同じ徳栄高校の制服を着ていた。
いつものように、ピンクチェック柄のリボンが胸元に映えている。
学校ではきっちりまとめられていた髪の毛が今はほどかれていて、解放的な彼女のサラサラした毛先が猫の尻尾みたいに小さく揺れていた。
サクラザキ先生の正体が、
俺と同じクラスの美少女、同級生の櫻崎絃葉なんて、
誰が想像しただろう。
ほんとに、世間は狭いと痛感する。
■■■■■
彼女もまた、俺が、
虹乃彼方である事に驚いていた。
信じられないと言う顔で、数回瞬きを繰り返し、
もう一度、今度は、ゆっくり、俺の名前を呼んだ。
「に、西野、奏汰、君、ですか?」
ぱっちり二重を大きく見開き、
口元を隠す姿は、学校でもあまり見たことがない櫻崎さんの驚きの表情だった。
「....どーも....。」
設定上、初対面であるが、なんせ顔見知りである。
決まりが悪くなって、俺は小さく会釈をした。
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「さあ、さあ、サクラザキ先生。
立ち話もなんですから、ここに、座って下さい!」
山本さんが近くの椅子を勧め、
「あ、は、はい。し、失礼します....」
櫻崎さんは、まだ戸惑いながらも、
山本さんに誘導され、会議室の長机を挟んで、
俺と向かい合うように着席した。
全く知らない赤の他人ではないし、
かと言って、
陽気に喋りかけられる間柄でもない。
変に若干、お互いを知っているからこそ、
何を話せばいいのか分からない。
正体がバレてしまった気恥ずかしさ。
どこまで踏み込んで会話を進めればいいのかの迷い。
気まずい関係とは、まさにこの事である。
「いやぁ~、まさか、
お二人が同じ学校だったとは....。」
互いに様子を探ろうと試みるも、
一向に会話を始めようとしない俺達を見かねて、
山本さんが、
当たり障りのない会話を振ってきた。
「言われてみれば、、
制服についている校章が一緒ですもんね。」
そのマーガレットの花と楯、、、と山本さんが俺達の制服、胸元の校章を指差す。
「サクラザキ先生とお会いするのは今日で2回目ですが、この前は私服でしたので気づきませんでした。」
そりゃそうだろう。フリーのイラストレーターの出身校や家族構成などは個人情報で出版社の編集者と言えど隠されているから。その人の年齢は外見や服装で判断するしかできない。
「お若い方だなーとは思っていましたが、まさか、女子高生さんだったとは...。」
20代前半くらいの大学生かなーっと勝手に。すみません。
「いえ...はっきりお伝えしていなかった私も悪いですから。」
櫻崎さんは怒ることなく自分の非も謝罪した。
「同じ高校生ということは......もしかして、お二人、年も近いですか?」
当然、この段階で山本さんは
俺達が同じクラスクラスメイトである事を知らない。
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