13話 うなだれたケモ耳で

そんなに意気消沈しなくたって....。

そう思うが、気落ちするのも無理はない。


仕方ない。


■■■■■


「ほら。」

俺は再びキッチンへ行き、冷蔵庫から取りだした熱冷ましシートを後ろから軽くソファーに投げた。




「ひゃっ!!」

突然、飛んできた熱冷ましシートに少し驚いていた。



「その冷えピタやるから貼るといい。もう、それ、冷たくないだろ。」

俺は彼女のおでこを指差す。


「あ、ありがとう、ございます。」


「そして、病人はさっさとベッドに横になれ。」


「.....。」

それでも彼女は何も言わず動かない。

「言いたい事は分かるが、取り敢えず今は寝ろ。休息が一番の薬だ。それに、焦っても良い作品は出来ない。そうだろ?」

同じクリエイターとして、仕事が遅れ焦る気持ちは分かるが、そんな時こそ、無理は禁物だ。


「....はい。」

彼女はぺりっと冷えピタの透明フィルムを剥がすと素直におでこに貼った。

「じゃぁ、もう少し寝ておきます。」

「ああ。そうしてくれ。取り敢えず、今日は俺、リビングに居るようにするから、何かあったら、遠慮なくLINEで呼びつけてくれ。」

「はい。ありがとうございます。」



彼女がふわふわした足取りで、訪問客用ベッドがある部屋へと消えていく。

その時、彼女が何か呟いた気がしたが、小さくて、聞き取れなかった。




■■■■■

さて、俺も仕事するか。


ラノベに限らず、本を出版する手順は以下の通りである。

何を書くか、編集部、または、執筆者本人が考え、10万字程度の仮原稿を書いて、編集部に提出する。


まぁ、俺みたいな中堅のラノベ作家とかになるとプロットだけ提出すれば、ゴーサインが出たりすることもあるが、それは特別措置だ。



大体は、編集長や担当編集が仮原稿を読み、書籍化できると判断すれば、提出した仮原稿の改変、改稿を始め、小説を作っていく。そして、原稿が完成すれば、今度は、『てにをは』などの国語的指摘から、ストーリーの矛盾まで、くまなく添削してもらう校正作業に入る。そして、その校正作業を何度か繰り返し、確定原稿が完成すれば、今度はイラストレーターさんに本格的な絵の依頼をしていく。事前に、ある程度のキャラクターデザインは完成させられているので、挿絵と表紙のラフから完成イラストが出来次第、印刷会社に原稿を渡す。これが、いわゆる入稿の手続きだ。そして、数日のうちに大量のラノベが量産される。そして、出版社の広告、宣伝、PRを経て、各書店で店頭発売されるのだ。





小説を出版するのは、一見簡単そうに聞こえるかもしれないが、途方もない時間と労力、人員を費やすものである。そして、その中心にいるのが小説家であり、一番足を引っ張る人物だったりする。

かくいう俺も、今、筆が遅すぎて、約束の期日は大幅にずれ込んでいたりするが、まぁ、いつもの事なので、あまり気にはしていない。担当編集も俺のルーズさに慣れているのか催促の電話はまだない。




自室から持って下りてきた外出用に使っているノートパソコンをリビングの机に広げる。

今日は、すぐに片付く作業だけやろう。



それは、俺が唯一出版している異世界系のシリーズの最終改稿作業。

ほぼ、詰めの作業のためすぐに終わる。

今日は久しぶりに早めに寝れそうだ。

カタカタと、タイピング音だけがリビングに響く。

途中、一回だけトイレに起きる音がしたが、それ以外は音沙汰なし。

ちゃんと寝れてるといいが。




カタ、タンッ!

「よしっ。んんー。おわったぁぁぁー――。」

4時間ほどで最終確認が終わり、担当編集さんに完成原稿を提出した。

何時だ?

テレビの上にかかっている時計に目をやると16時半を回ったころだった。






今日は午前授業で早く帰ってきたとはいえ、良い時間だ。腹も減る。

「晩飯作らないとな。」

普段、自分一人ならば手軽に済む栄養機能補助食品で済ませるのだが、今日は一人じゃない。ましてや、病人をかくまっているので、少しでも体に良いものを作ってあげたい。

熱が高いから食欲があるか分からないが、作って、余るなら俺が明日の朝にでも食べよう。


「冷蔵庫、何があったっけ。」

開けると、奇跡的に6パック入りの卵が4個あった。

冷凍庫には備蓄のごはん、野菜、きのこ類が凍っている。

「卵入りのおじやにしよう。」


そうして俺は、レンジで冷凍ご飯の解凍から始めるのだった。


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