11話 風邪引き猫は意地を張る

「ちょっと、こっちこい」

スクールバッグを自室に置いてくるのは後回しにし、俺は、櫻崎さんを連れてリビングに向った。


「そこに座れ」

「ですが....」

俺がリビングのソファーを指差し、座るよう指示すると困った顔をしてきた。

「いいから。

元気になったのなら、なったでいいし。元気それを数値化してくれると、もっと俺も安心できるから。」




俺はつい先日のデジャヴを感じながら、テーブルの上に出ている救急箱の中から体温計を取り出した。

「ほら。これで体温測ってくれ。健康状態は体温計そいつが証明してくれるから。」

手を伸ばし、櫻崎さんへ渡そうとする。

しかし、せっかく差し出した体温計を櫻崎さんは、ふいっと顔を背け拒んできた。



「べ、別に大丈夫です....」


...なぜ、拒否する。

両手を後ろに隠し、断固拒否のかまえ。




「だーめだ。測れ」

「大丈夫、ですよ。これくらい...」

意地を張る櫻崎さんの顔は赤い。

目がとろんとしている。



絶対にまだ熱あるよな。

これで、俺に悟らせないようにしているつもりなのか?

俺も人の事は言えないが、、、この意地っ張りめ。




「元気になったのなら、ただの体温測定に後ろめたさは感じないはずだが? 普通に測って、俺に平熱であると証明してくれればいいだけだ。簡単な事だろう?」

何かやましい事があるのか?

じーっと視線を送ると、櫻崎さん頬が膨らんだ。




「.....むぅ。」

「どうして君がむくれるんだ?」

「....西野君がイジワルだからです。」

不満そうに呟くと、観念したように体温計を受け取った。


■■■■■


櫻崎さんは不満そうな顔のままテレビの前のソファーに座り、体温計を脇に挟んだ。

「つめたっ...」

おそらく、彼女の身体が熱いからだろう。

体温計の銀色部分が冷たく感じたのか小さく顔を歪めていた。




■■■■■


ピピピッ。ピピピッ。

15秒間の空白を掻き消すように電子音がリビングに鳴り響いた。




「どうだった?」

体温が測れるまで見張っておくほど子供でも重病人でもないだろうと、若干の暇を持て余した俺は、冷蔵庫から麦茶を取り出しに来ていた。


電子音が鳴ったタイミングでグラスに麦茶を注ぐ手を止め、ダイニングキッチンから様子を窺うように顔を出した。




「.....」

ソファーに座ったままの櫻崎さんは、脇から外した体温計を見て、押し黙っていた。




「櫻崎さん?熱、何度?」

呼び掛けているのに、チラリとも俺の方を向いてこない。



「おい。何度だったんだ?」

仕方がないので、俺は2人分の麦茶が入ったグラスを持って、彼女に近づく。



「だ、ダメですっ!」

後ろから体温計を覗き見しようとしたら、慌てて胸元に隠してきた。

そして、意味不明な自己肯定を俺に返す。





「だ、大丈夫ですよ....?」

「何がだ?」

いきなり大丈夫ですよ宣言?しかも疑問形?




「えっと、....その....、わ、私、元気ですよ?」

たじたじだし、体温計を隠すし、目がクソ泳いでるし、あげく、元気ですと?

「....嘘だな...」

「あぅ....」

俺が言うとまた、猫耳がしゅんと垂れた。



そして、俺が体温計のディスプレイが見える位置を探すため彼女の前に回り込もうとすると、、、

「だ、大丈夫です ! ダメです!! 見ちゃダメなんですっ!!!」

必死で抵抗してきた。



「なぜだ? 体温なんて見られて恥ずかしいものでもなんでもないだろ?」




「っつ.....。と、年頃の女子は何でも、しゅ、羞恥にかられるのですっ.....」

また目をそらし、そっぽを向かれた。

なんだそれ。

必死すぎる言い訳に俺は、情をかけるほど優しい男じゃない。




「俺としては、熱があるのに元気に振る舞おうとしている奴の方が、見ていて恥ずかしいし、なんなら、それ通り越して、痛々しいのだが?」


「うっ....。だ、大丈夫なんです。ほんとに、これくらい.....」

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