第9話 小太刀
新年度の講義が始まった。
大学キャンパス内では大学入試共通テストを控えて、慌ただしい空気がある。下見として県内外から訪問があるようで、見慣れない制服姿が歩いていたりもする。
「先生にお願いがあるんですけど」
ゼミの終了後に僕の席に来て、史華が言った。
「先日、見せていただいたあの勾玉の収蔵場所を教えて欲しいんですけど。できれば現物をお借りできたらと思うんです」
最近の北川史華には一種の凄みがある。その
彼女は明らかに、羽衣を獲得して変わった。
ふとすると六花にも近い濃厚な匂いがある。
そう猛毒をもつ生物が極彩色を纏うように。
「あの勾玉ね」といいタブレットで保存資料を検索してみる。やはり僕の記憶違いではなかった。
奇妙な勾玉である。
分類上、子持ち勾玉という。
皆神山で出土したものだ。
「もう調査済みになって、発見者の個人に返却してあるね。ここには個人情報は掲載されていないので、博物館に立ち寄って聞いてみるよ・・・それにしても何に使うの?」
「確かめたいことがあります。きっとそれが本物なら、手に取ってみたら六花さんには解ると思います。薄々、先生も気づいてますよね」
言葉に出すのは憚られた。
清流でしか棲息しない黒山椒魚が、奇妙なことに産卵場所として巣食う底無し沼がある。あの子持ち勾玉はその表現かもしれない。
「あれは龍の卵かもしれません」
唐突に彼女は言う。
「龍か、それは川の流れの表現でもあるな。天竜峡とかその典型だね。古来から暴れ川の濁流を龍に見立てて地名をつけるというのは、よくあることで。あと蛇もそうだな」
「いえ。わたしはあれは火龍の卵、もしくは幼生だと思います」
「火龍?」
「そう溶岩流の
「成る程。一理ある」
「そして火山活動が地脈を走っての群発地震です。そう考えると何だか辻褄が合ってきたんです・・・つまり」
「やはり魍魎と思うのか」
「ええ。あの勾玉が何かの鍵なのかもしれません。古代からの物憑きであれば、地脈を発動することもできるかもしれない」
「・・そんな」と言いかけたが、脳裏に浮かぶ絵を否定できない。
鉄をも溶かす溶岩流に乗って、雪女がそれを操りながら山中を降り落ちる。ぶすぶすと大地を焦がし、草木も一瞬で炎と灰燼に変えてしまうその火龍。
強力な熱交換器である雪女の能力が、断熱と排熱を統御してその龍体の上に浮かんでいる。彼女には造作もないだろう。
「あの勾玉がそうならば」と史華が含み笑いをする。
「わたしたちの勝ちです」
実家に顔を出した。
梅酢で漬けた蕪が仕上がったと母から電話があったからだ。
母は一層小さくなった印象で、制服のように着古した前掛けで手を拭いながら玄関で迎えてくれた。
「茶でも飲んでけ」と言い、居間の炬燵を勧めてくれた。
「本家には顔を出したか」と母は言い、自ら出した羊羹を爪楊枝で切って口に運んだ。それに釣られて僕も同様に甘露を楽しんだ。
「年始のご挨拶には行ったよ」
母は本家を継承した実弟を快くは思っていない。
「あれは外面だけの男ずら」と言って会おうともしない。
そういう母はもう本家に訪うことがなくなって何年になるのか、そう父が健在の頃は、年始のご挨拶程度には交流はあったはずだと想った。
「あのさ、泰博」と炯とした目を向けた。
「本家にある、あの土蔵には入ってはなんねえ。殊にお前は良くねえ。あれは鬼門だでや」
実はもう入ったことがあるが、黙っていた。また癇癪を起こされては叶わない。
数年前のことだ。
叔父が勿体をつけて赤錆びた南京錠を開けて、埃っぽい白壁の内部を見せてくれた。明り取りの小窓から斜めにさす日光の中に、微細な埃が宙に浮かんでいた。薄暗がりに目が慣れると黴臭いその中がはっきりと見えてきた。
「ここには君の研究論文に活かせるものがあるだで。きっとな」
叔父のそういう自慢めいた稚気を、母は嫌っているのだろう。
白壁の奥に掛かっているのは種子島だろう。その火縄銃にも鉄錆が盛り上がり、お世辞にも鑑賞にも耐えない状態だった。
明らかに武具が収められている長持が、埃を被って積まれている。その中身を改めるのは手控えた。その中に一際大きな
そう。僕はその鎧櫃の中身を知っている。
大坂の戦場から幸村が返還した鎧だろう。
その胴には、鮮やかな刀疵があるはずだ。
僕は思う。
そして金色の
風花の舞姫 小太刀 百舌 @mozu75ts
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