過ぎた力
二人が目覚めてから首都ルファロンの市場を周り、ドリネの住宅街の訪問、そして診療所での聞き込み。気がつけば陽が落ちていた。
「ウース。遅いじゃない」
「んは、ドリネ着いた時と立場逆」
「何を油売ってたの? ……あとさっき、部屋の外の人間みんな眠らせたでしょ」
「体内のマナ・バランスを崩しただけ。みーんなすぐ元に戻るよ」
へらへらと笑いながら、西の通りを歩く。先ほどとは打って変わって、畜産を主とする地域なためか、辺りで様々な種類の飼育小屋や放牧場などが見られた。
「晩御飯はなにがいっかな〜、この辺なら肉?ミルク?」
「私達は別に食事なんてしなくても生きていけるでしょ」
「親しい人と食卓を囲むのは至上の幸福なんだよ、って何度も言ってるじゃん」
「覚えてるわよ。……ステーキにでもしましょう」
「おっ、乗り気だねぇ!」
「貴方が幸福だというそれを叶えてあげたいだけ」
ウースはんふふ、と笑って、それから営業中と灯りのつく店を指さした。
どう見てもステーキが出るような品のいい店ではなかったが、メアにはどうでも良かったので、黙ってついていった。
・ ・ ・
「は〜、食った食った!」
「はしたないわね」
ウースは大量の皿を積み上げて腹を放り出している。
彼女の夕食は大盛りサラダから始まり、魚のお造りだったり大鳥の香草葉包み焼きだったりと、明らかに4〜5人の宴会で食べる量を一人で食べていた。
「まあこんなに食べたってお腹は膨れないけどね。あたしたちどうせマナの塊だから。あっ、飲み物おかわりで」
「財布のことなんにも考えてないでしょ」
「ん〜?」
呆れたような、わかってたような、メアにしてはわずかに冗談めかした口調でそう言った。綺麗に盛られた肉の刺身を少しずつ口に含んでは、ゆっくりと飲み込む。
「メアのそれ、美味しそうじゃん。頂戴」
「あっ」
メアの食事は皿ごと取られてしまった。
「……店主、勘定を」
「は、はい」
常人の夕食代の5倍くらいを払い、ウースが肉刺しを丸呑みにするのを見守って、ようやく店をあとにした。
「貴方ね……食べ過ぎじゃない?」
「だって美味しかったもん! 食べるの好きだし。メアと一緒なら尚更ね」
「……明日は食べさせないわよ。お金が無いわ」
「ケチ! 創神パワーでお金なんてすぐ作れるじゃん!」
「経済が壊れるの。人が税の為に金銭の出入りを記録してるくらいなのだから、その賜物を尊重すべきよ」
「あたしが人間だった頃でもイカれてると思うよそれ。なあなあでいいじゃん」
「いっそのこと食べなければいいんじゃないかしら」
ぶうぶうとウースは抗議したが、やがて何か思い返すように遠くを見やった。
「ん~、メア。今日は宿取ろう」
「お金ないって……」
「なんとなく、そんな気分」
ウースはぼんやりとした目をしていた。
その目が何を意味するのかは、メアはもう忘れてしまったが、これ以上うまく言い返せなかった。
そのまま近くの安宿にふらりと立ち寄り、支払いをして、部屋に入った。
そしてウースはそのままベッドへと腰かける。
「覚えてる? あたし達がひよっこだった頃」
「……忘れてないわ」
・ ・ ・
メアとウースは捨てられた子であった。
理由は分からないが、ある日の朝目を覚ますと、森の中にいたのは覚えている。
同じくらいの歳で同じ尖った耳、似た髪色をした少女二人は、特に面識があったわけではないが、なんとなく一緒に行動することになった。
食べられる草なんて分からないため適当に拾い、小さな獣を死ぬ気で屠って筋肉をそのまま食べ、そのへんに打ち上げられた魚を石で砕いて身だけついばむ。
そうやってなんとか飢えを凌ぎつつ、ときおり高熱や怪我の痛みで呻きながらも、半月ほどかけて森を抜け、小さな集落へとたどり着いた。
そこにはヒトがほとんどの村であったが、彼女たちを快く受け入れてくれた。非常に温かく育ててもらえ、少女と言われる歳になる頃まで二人は暮らしていた。そこに、ある日二人の男が村を訪れる。
「ここに身寄りのない娘は来なかったか?」と村人は尋ねられたので、メアとウースは彼らのもとに連れてこられ、そしてそのまま手を引かれて、村を離れることになった。
男たちはそれぞれ光と闇の神だった。
"世継ぎ"のために言われるまま儀式を行い、そしてメアとウースに神の立場が移行する。何も知らないまま、過ぎた力を手にしてしまったことにより、二人は力を暴走させてしまう。
いくつかの大きな都市を半壊させたのであった。
それからほかの創神に力のコントロールの仕方を学ぶ旅をし、それが終わる頃には15年が経っていた。”適性”が確認されていない二人が神の力を安定させるには、多大な努力を要したのだった。
・ ・ ・
「あんな思いはさせたくないよね。って思って」
「……そうね。懐かしい」
メアは布団をかぶりながらこう言った。
「世継ぎが終われば、神の役目もやっと終わり」
明けない夜はないのね、と。
神ノ世継 アストロ @astronox
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